2009/4/29 13:51 【現在地】
利賀側坑口から入って10分を経過し、おおよそ500mを探索済みとした。
百瀬川側坑口までは、推定あと300mである。
今いるのは洞内2回目の待避所であり、謎の駐車車両を背にしている。
この待避所も雑多なものの物置であり、おそらくここに掲げられている最高速度30kmの規制標識も、本来の規制とは無関係なのだろう。
規制標識の取り扱いは法的にシビアであり、道路法の道路であるなしを問わず、一般車両が通行する現役の道路へ設置する権限は公安しか持っていない。
すなわちこの一事を以て、本隧道が法的には廃道と見なされている(より正確な表現をすれば、「一般交通の道路ではない」と見なされている)ことが窺える。
再び1車線幅となった洞内を進んでいくと、その後しばらくは特に足を止めさせる発見もなく、利賀村の東側の地平が眩い光の中に見え始めた。
だが、この終盤で“滝潜り”の荒行を要求された。
出口まで50mほどの地点で1ヶ所、天井アーチの広い範囲が破れて、そこから著しく水が吐き出されていた。
この水垂れは激しく、土砂降りの音が辺り一帯に響いていた。
晴天続きでもこの漏水だから、雨天時などは本当に滝のようになるかも知れない。冬期間にいかなる氷柱が出来上がるのかも見物だろう。
(一般的に、隧道坑口付近の内壁が著しく傷む理由は、単に地表が近く漏水が多い為だけではなく、氷柱の発生と氷解によってもたらされる部分が大きい)
ぬかるんだ出口の向こうに見え始めた、百瀬川の地平。
この隧道が貫通するまで、村の中央部に車で出るためには、一旦村外へ迂回しなければならなかった。
なお、この日の探索で私が到達した利賀村内での最高地点がここで、海抜は約660m。
13:54 【現在地】
自転車で13分ほどかけて、いま隧道を完抜!
坑口付近は崩土が路上にだいぶ堪っていて、本来の鋪装された路面が見えない状態になっていた。
だがぬかるみには新しい自動車の轍もあり、日常的な出入りがあるようだ。
村の名義で設置した「通行止」の看板も、端によせられたままになっていた。
東口坑門も、西口と同じような特徴に乏しい作りであった。時代相応といった感じか。
ただ、坑口の左上胸壁部分には何か看板のようなもの取り付けていた形跡があった(東口にもあった)。
西口と異なっていたの