2013/3/31 13:37 【現在地】
石タイル貼りのおかげで、どこか古代の遺跡のように見えなくもない吹上げ洞門。
この洞門の内部は2車線分の車道があるが、その外側にはひさしを設けて歩道を迂回させてある。
その歩道の入口に垂れ下がっているのは、前回登場した電柱に結ばれていた電線であろう。
この道は本村と若郷の唯一の往来路であったのみならず、発電所や電話局を持たない若郷にとってはライフラインでもあったようだ。
それでは、いざ入洞!
極めて対照的な洞外と洞内の路面状況。
洞内はこちらから奥に向かって結構な上り坂になっているにもかかわらず、坑口から20mほど奥まで目の細かい土砂(おそらく火山灰土)が侵入していた。
極めて流動性の強い土石流が、過去に坑口付近を襲った事が見て取れた。
それにしても、長さ100mほどのこの洞門を設置した関係者は、こんな結末を相当悔しく思っているのではないだろうか。
明らかに耐用年数を大量に残したままでの廃止であるばかりか、もし新島近海地震による崩壊地点がこの洞門の上であれば、交通が途絶することも、そのまま(大事を取って)長大トンネルの新道に取って代わられることも、起こらなかった可能性がある。
もっとも、崩壊の規模によっては大崩洞門のように圧壊してしまったかも知れないが…。
洞門のたくさんある“窓”の部分から、外へ出てみる。
そこには見慣れたタイル貼りの歩道があるが、防壁が完全ではないため、いち早くジャングルの侵蝕を受けている。数年もしたら通行困難な状態になりそうだ。
そして私はこの歩道部分に、もう一つ「見慣れたもの」を見つけた。
その「見慣れぶり」は、タイル貼り歩道の比ではなく、これは新島に渡ってくる遙か昔から「見慣れている」ものだ。
それは、東京都道を特徴付ける、青色のキロポストであった。
私が住む日野市にも沢山設置されているものだ。
壁面側に数字が向けられているために、“何キロ”であるかの確認はサボったが、現都道にあるお洒落なコーガ石ガラスのキロポストは、平成12年以降に採用されたものらしい。
おそらく旧道が現役だった時代には、新島でも本土(の都内)と同じキロポストを使っていたのだろう。
歩道が敢えて外部に露出している理由は、これだろう。
この羽伏浦を俯瞰する絶景を、自動車の喧噪と危険から少しだけ離れて堪能して貰いたい