大牧温泉

大牧温泉

[1] 大牧温泉 (おおまきおんせん)

36.5005555555556 136.994027777778

Webページ

[2] 大牧温泉 - Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E7%89%A7%E6%B8%A9%E6%B3%89

大牧温泉(おおまきおんせん)は、富山県南砺市(旧国越中国)にある温泉。

[3] 大牧温泉へようこそ, , http://www.oomaki.jp/
[4] 庄川遊覧船でゆく大牧温泉「船でしか行けない秘境の一件宿【字幕:caption】 Omaki Onsen (hot spring), , http://www.youtube.com/watch?v=C0ck3jIFG5A

富山県・庄川上流の小牧ダムから庄川遊覧船で約30分。ダムを渡る交通手段は庄川遊覧船のみに限られており、船でしか行けない温泉として知られています。1930年(昭和5年)小牧ダムの完成とともに温泉宿一軒だけがダム湖と切り立つ断崖の間に取り残され、現在に至っています。

Omaki Onsen (hot spring) is located in the unexplored gorge area that can only be reached by the Sho River Gorge sightseeing boat.

富山にお越しの際には、是非富山駅北口、オーバードホール2階の蕎麦居酒屋けやき亭に もお立ち寄り下さい。

けやき亭では、座席数最大100名様までご利用でき、大型観光バスがとめれる駐車場(最大5台)が隣接しております。当店は富山駅の目の前にあり、立山黒部アルペンルート、おわら風の盆などのアクセスに大変便利です。

[5] 日本一の秘境!船でしか行けない温泉旅館「大牧温泉」の魅力 - NAVER まとめ, , http://matome.naver.jp/odai/2135602213833059501

日本には、船でしか行く事ができない温泉旅館があるんです!日本一の秘境とも言われる「大牧温泉」の魅力についてまとめました。

更新日: 2013年03月31日

[6] , , http://www1.ocn.ne.jp/~tujitani/oomakionnsenn.htm

好きで〜す! 富山が・・・温泉が・・・ 紹介していま〜す! 富山 温泉

浪漫

富 山 県 南 砺 市 利 賀 村 0763−82−0363

大 牧 温 泉

《ナトリウム・カルシウムー塩化物泉・硫黄塩泉》

船でしか行けない 秘境の一軒宿

富山より北陸自動車道を西進、砺波IC降り右折

国道156号線太郎丸交差点を右折南進五箇山方向へ

国道156号4車線道路より2車線道路の旧庄川町へ

岩屋交差点左へ156号線直進

レストラン・書店コンビに等ある示野交差点過ぎ

まもなく庄川が左車窓に見える

小さいトンネル過ぎ利

賀村へ向かう国道471号交差点直進

小牧ダムが左前方に見え

トンネルを潜ると

大牧温泉に向かう庄川遊覧船上船場駐車場に着く

大牧温泉はこの遊覧舟で行くしか手段がないので

この駐車場で車を置き乗船する

時刻表・乗船料金

大牧温泉

〒 932−0371

富山県南砺市利賀村大牧44

0763−82−0363

Fax 0763−82−0933

http://www.oomaki.jp/

宿 泊 旅 館

日帰り宴会可能

日帰り入浴のみ不可

泉源 大牧温泉

・ナトリウム・カルシウム・塩化物泉・硫黄塩泉

・泉温 58℃ PH 8.14

・成分

陽イオン

NA 920mg

CA 482mg

Sr 10mg

陰イオン

H2So4 651mg

Cl 1844mg

F 5mg

メタケイ酸 60mg

メタホウ酸 60mg

・効能

泉質別適応

切り傷・やけど・慢性皮膚病・慢性婦人病

動脈硬化症

日本の秘湯大牧温泉

私が始めて大牧温泉に行ったのは、何と今から60年近い前、小学校確か2年生の頃遠足で行った記憶がある。

その頃は、親子の遠足で私は祖母と一緒に行った。

勿論今の様にダム湖を遊覧船に乗って行った。露天風呂もあり数人の友達が入って後日先生に叱られた覚えがある。

私は入らなかったけど。

今は富山から高速自動車道では砺波ICで降り、国道156号線を五箇山方向へ約2〜30分で庄川遊覧船小牧乗船所駐車場に着く。

現在では道も良くなり156号線も庄川町まで4車線で早くなったが昔はどの道を通って行ったか全く記憶に

[7] 富山県 庄川温泉郷 大牧温泉旅館 : …風露愚… 温泉宿と日帰り温泉巡り, , http://blog.livedoor.jp/kamiyako09/archives/50374174.html

休日を利用した温泉巡りの日記となっています。 「日本秘湯を守る会」会員宿全制覇を目標とし、温泉地での宿泊時の様子や日帰り入浴施設‥そして地元に根付く共同浴場、更に温泉後に立ち寄った食事処等をアップして行けたらと思っています。

【富山県 庄川温泉郷「大牧温泉旅館」】 URL  宿泊 【photo】男性内湯・露天風呂・女性内湯・(中浴場・大浴場) 庄川湯谷温泉」での立ち寄りをし、小牧発2時30分遊覧船乗船、ここから30分の庄川遊覧となります。 立ち寄り湯のみのお願いをされる方も多いそうですが、大牧温泉さんは「昼食付日帰り入浴」(要予約)と宿泊のみの受付となっています。 今から800年程前、砺波山の合戦に敗れた平家の微笑が源氏の追撃を逃れる際に発見し刀傷を癒したのが始まりと言われる温泉地は、 かつて、この峡谷にも村落があり、村人の湯治場として宿を営んでいたそうです。そして昭和5年の小牧ダムの完成とともに村落は湖底に没したものの、一軒の温泉宿だけがダム湖と切り立つ断崖の間に取り残される事となってしまいました。 そこで、多くの村人から愛された温泉を何とか続けようと豊富に湧き出る源泉を湖底から採りこみ、船と言う交通手段を頼りに再興されたそうです。 ダム湖岸辺に建つ建物前をぐるりと迂回、乗客を楽しませた後は「大牧温泉船着き場」に到着。 宿前に設けられているのは、専用の釣り場や清水の飲泉場等。 ぴかぴかに磨きあげられた館内。 下船客で混み合う帳場で、記帳を済ませた後は、2時間ドラマや温泉番組で訪れた、たくさんの俳優、タレントさんの色紙の飾られた廊下を通って部屋へと。 奥へと延びる館内中程に食事処、そして大浴場と男性露天風呂出口。その先に女性中浴場。 宿泊は館内一番奥となる「山亭」。 女性露天風呂への通路先「山亭」には同じ間取りの部屋が4部屋。 二階角部屋「穂高」八畳二間。バス・トイレ付。TV・金庫あり。 窓から見る庄川と露天風呂への通路。 館内平面図等。 浴室は男性が大浴場と露天風呂。女性が大浴場・中浴場・露天風呂(浴槽2) 男性露天風呂通路とお休み処が設けられている大浴場前。 男性大浴場。 男性露天風呂。 裏山の石造りの階段を登る露天風呂。ここからは 残念ながら、景色を楽しみながらの入浴は困難な模様…。 女性同様に、熱めのお湯だったそうです。 男性露天風呂からは、ぐるりと回って、

[8] 小牧ダム 小牧湛水池, , http://www.atw.ne.jp/~suwa_h/Damuko/Komaki/Komaki.html

庄川水系庄川 小牧ダム 小牧湛水池         2011/10/09

更新

富山県砺波市庄川町小牧にある小牧ダム湖、ダム本体は戦前に作られたアーチ式ダムで17門のラジアルゲートを備え

当時は東洋一のダムと言われた。現在は国の登録文化財に指定されている。関西電力の発電用ダムで最大出力は小牧水力

発電所で認可出力82,200kW(完成時72,000kW)となっている。ダム湖名は小牧湛水池で流域に沿って長く、総貯

水量は37,957,000m3、有効貯水量は18,858,000m3。

小牧ダム建設にあたっては庄川流木事件が発生している。富山県氷見市出身のセメント王、浅野総一郎が小牧ダムを計

画したときに起きた事件でダムができると木材業者は木材を流せなくなり、大損害をこうむると反対した事件で、争いは

裁判となり、庄川の使用権をめぐって約8年にわたって争った。その結果、木材運送の権利が認められ、それを侵害した

電力会社側に賠償金支払と代替道路を作るよう判決が下りた。

堰堤近くの船着き場から秘湯大牧温泉への連絡船が発着している。連絡船は最近までダムを保有する関西電力の関連会

社が運行していたが、大牧温泉旅館を経営するトナミ運輸関連会社に引き継がれた。

大牧温泉へは船でしか行けないと言われている。かつて国道156号線が未整備で冬期間通行止めとなった頃は五箇山

地区へ物資や新聞、郵便を運ぶ重要な役割を担っていた。もちろん大牧温泉へは車でも行けるが、車1台やっと通れる林

道で危険で温泉利用者が通れる道ではない。やはり船でしか行けない温泉である。堰堤の国道156号線側にシャガの群

生が見られる。堰堤天端から下流には100%掛け流しの湯谷温泉が見える、日帰り温泉は9時〜16時までで、大人5

00円。ダム天端ロッジ風の建物が見える「おまき温泉スパガーデン和園は日帰り入浴が可能で入浴時間は10時から2

2時までで、大人500円、小学生以下300円、第2,第4水曜日は休館(祝日の場合は翌日)

[9] 道路レポート 国道156号 大牧トンネル旧道, , http://yamaiga.com/road/r156_oomaki/main.html

【所在地(マピオン)】

随分久々になってしまったが、“越中五箇山”を巡る道を、また少し語りたいと思う。

越中五箇山、或いは単に五箇山(ごかやま)とは、日本海に望む北陸の砺波平野から山を隔てた内陸部、庄川水系に属する山峡地帯の歴史的広域地名であり、平成の合併前に存在した富山県東礪波郡旧平村、旧上平村、旧利賀村の地域を指す。現在はいずれも南砺市に属す。

そしてこの名は、中世の平家落人たちによる開村伝説を持ち出すまでもなく、平成7年にユネスコの世界文化遺産にも指定された合掌造り集落に代表される独自性と秘境性を併せ持った地域名として、現代なお広く用いられているのである。知名度の面において、北陸を代表する“秘境”ではないだろうか。

だが、現在の五箇山は山村ではあっても、飛び抜けた秘境というにはあたらない。

右の地図を見てもらえば分かるが、五箇山は地理的に見てさほど平野から遠い場所ではないし、今ではその平野と繋がる3本の国道が地域内を縦横し、いずれも積雪期においても通行が確保されている。さらには高速道路も開通した。

実際、いちばん内陸寄りの旧利賀村地域だけは少し遠さを感じるが、それ以外の地域は(少なくとも私が体験した夏場であれば)かなり気軽に訪れる事が出来るのである。

しかし、今の秘境らしからぬ便利さは、これまでの国道整備に依るところが大であり、むしろそれがほとんど無二のものである。

そして、これら国道が現在に近い状態で完成した時期は、いずれも昭和50年代以降と、さほど昔ではない。

例えば五箇山を走る3本の国道の中心的存在といえる国道156号でさえ、庄川〜祖山ダム間が冬も通れるようになったのは、昭和52年である。

それまで、旧平村や旧上平村の住民は、毎年12月頃から4月頃まで四周を深い雪道に閉ざされ、村に自動車はあっても外へ乗って出る事は出来なかった。

その当時は、庄川の祖山ダム湖と小牧ダム湖を乗り継ぐ村営船や、細尾峠の危険な雪中行軍をもって、辛うじて世界と繋がっていたのである。

そして、今回主に紹介するのは、この区間における国道156号の除雪可能化(無雪化)を実現させた最大の立役者である大牧トンネル(全長1330m、昭和52年開通)、その開通以前の旧国道である。

五箇山が名実とも神秘の秘境であった時代の最後を見届けた国道風景と、失われた車窓、それらとの再開

[10] 秘湯 大牧温泉, , http://park7.wakwak.com/~shima/oomaki.htm

2006年3月、縁があって大牧温泉(大牧温泉観光旅館)へ。

宿泊又は日帰りお食事コースだけなので、「日帰りで原則として1,000円以下(^^;)で

行ける温泉」という私メのHP紹介温泉めぐりモットーからは外れるんだけど、せっかく富山が

誇る(^^;)秘境の温泉へ行ってきたのだから、原則を捻じ曲げてでも(笑)紹介するっきゃない。

1183年(寿永2年)今から800年程前、砺波山の合戦に敗れた平家の武将南兵衛藤原賀房が

源氏の追撃を逃れ隠れ家を求めて大牧の辺りをさまよっていた時、河畔からコンコンと湧き出る

温泉を発見し、その湯を口にし湯あみをして創傷の身を治したのが始まりとか。

それから200年後、本願寺五代の綽如(しゃくにょ)上人もこの湯に浸かって浩然の気を

養われたとか。

小牧遊覧船乗場の駐車場は県外ナンバーの車がほとんど。嗚呼! 我灯台下暗し(笑)。

宿に着いてみれば、フロントから各部屋への廊下の壁にテレビロケ、取材等で訪れた有名人の

色紙が(・_・)...ン?十枚も。秘境なのに(秘境だから?)テレビ、雑誌等で紹介されっぱなしですね。

露天はもとより、内湯からもワイドガラスを通して切り立つ断崖やゆったりと

流れる庄川の水面が眺められます。かすかな硫黄臭が温泉気分を満喫させてくれます(*^.^*)エヘッ。

アルコールも入って夜は更け行くけど、ここは山の中の一軒宿・・・。宴会の前も後も温泉へ

入るしかないのが秘湯の秘湯たる所以かしらん( ;^^)ヘ..。

住 所 富山県南砺市利賀村大牧44

電 話 0763-82-0363

入浴料 宿泊又は日帰りお食事コース(入浴のみ不可)

泉 質 ナトリウム・カルシウム-塩化物・硫酸塩泉

効 能 神経痛・筋肉痛・慢性消化器病等

交 通 高岡駅から下原行バス〜小牧ダム(約1時間10分)小牧ダムから遊覧船乗船〜大牧温泉(約30分)

以下↓の動画を見るときは

Windows Media Player 9 以上(無料)が必要です。

秘湯 大牧温泉

1分19秒 〔登録日:2006/3/25〕 富山が誇る(^^;) 船でしか行けない秘境の一軒宿!

※写真クリックで大きい写真です。このページへは、ブラウザの[戻る]ボタンで戻ってください。

小牧遊覧船乗り場です。[71KB]

国道156号線沿い、小牧発電所の巨大な展示バルブが目印です。[61KB

[11] 大牧温泉, , http://www25.tok2.com/home/miyan/Mayu/4_Chubu/16_Toyama/41601_Oomaki/4_16_Oomaki.htm

●船で行く湯宿

富山県の庄川峡の奥にある小牧ダムによってできた大牧湖の湖畔に建つ一軒宿。

その昔は素朴な山の宿であったが、ダムが出来てからは、船で行く有名な秘湯になったそうです。

関西電力の定期船に乗って宿に向かうと、往きの左側に、林道が見え隠れしますが、自動車は通れそうで通れませんねぇ。。。

宿は、建物が湖面に迫り出しています。

湖側の土台部分は支柱が湖のなかです。

しかしながら、私が訪れた時は、手持ちの古いガイドの写真と異なり、建物は少し奥まったような気がしたので、宿に聞くと「消防法〜で引っ込めた」とのことであった。

●屋外の裏山にある男女別の露天風呂

湯は大浴場の内湯と、裏山に在る露天風呂が愉しめます。どちらも、男女別です。

露天風呂の男湯は、裏玄関から、下駄に履き替えて、裏手の山の階段を約50段登ったところにあります。

石を配した湯舟は自然にとけあった素朴な造りで、ゆったりとできます。

但し、夜間の入浴は、「野生の動物が出没するので避けてください」、とのお触書の木札が在り、月夜を愉しみながらの入浴が出来ないのが難です。まぁ、わたしは宿の掟を破って、夜に入浴させて戴きましたが、とても幻想的な湯でした。○!

●内湯は、朝ゴハンのあとに訪れたら、カラっぽだった!そのおかげで、、、

食事は、山の幸、川魚が楽しめました。行けば、その良さが判りますので、ここでは記しません。朝ゴハンも満足。

で、出立前の仕上げの湯に浸かりに石造りの内湯に行くと、なんと!湯は抜かれカラっぽ。

掃除していた人から、内湯女湯に入って下さいと言われて、湖面が見える窓越しに隣の女湯へ、すっぽで移動。浴場の広さは男湯より若干小さかったが、湖面が眺められる小さな湯舟が女湯には在って、それが気に入った。

さて、チェックアウトにフロントに荷物を持って、お勘定をしていたときに、「朝風呂に入れなかったよ」と話したら、気の好い主は恐縮の至極。「内湯女湯に入れたから良かったです。でも露天の女湯には浸れなかったので残念です。いつか時間帯別に開放してくださいね。」と話をしたら、従業員に何やら確認のあと、「今はお客はあなた達だけだから、特別に露天女湯に入ってイイですよ。でも船が30分もしないうちに来ますよ。」

で、一目散に湯に浸りに行きました。

建物から30m程はなれた囲いの中には、まず、石タイル貼りのきれいな

[12] 小牧ダム - Wikipedia, , http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E7%89%A7%E3%83%80%E3%83%A0

1925年に着工し、1930年に完成した重力式コンクリートダムで、完成当時は東洋一の高さを誇るダムであった。17ヶ所のダムゲートを設けて、ダム右岸にはエレベーター式魚道、左岸には木材運搬用のコンベアが設けられている。

工学博士の物部長穂による「貯水用重力式堰堤の特性並びに其合理的設計方法」という耐震設計理論を初めて取り入れたダムで、後世のダム建設に大きく貢献したものである。

2001年には、土木学会の土木学会選奨土木遺産に認定、2002年には河川用ダムとしては初めて登録有形文化財に登録された。また、2007年には経済産業省の近代化産業遺産(近代化産業遺産群「中部電源」の庄川の水力発電産業遺産)の登録を受けている。

建設経緯[編集]

富山県出身の実業家浅野総一郎は庄川での水力発電計画を発案し、太平洋側に電力供給するという当時としては大規模な構想を描いていた。1916年、富山県に庄川水系の水利権利用を申請した。大規模なダムを建設し、水力発電所を設けるものであった。1919年1月に水利権を取得し、1919年9月10日に庄川水力電気(資本金1,000万円)を設立する。

当時、日本のダム建設技術は未熟性な側面があり、小牧ダムの設計はアメリカのストーン・エンド・ウェブスター社に依頼して行われた。その後、幾度かの計画変更を経て、現在の小牧付近にダムが建設されることとなった。小牧付近にダムが建設されたのは、河川が曲がりくねっていて、ダム建設には安全で有利であるという理由である。

1922年にダム建設が認可されたが、ダム建設前の庄川では上流部で伐採された木材を下流部へ送るのが主流であった(流木)。庄川流域の木材業者は庄川を通して木材が送れなくなる可能性がありダムの建設には強く反対していた。そのため、木材業者の経営を保護する観点から、木材運搬用の施設および魚道をダムに取り付ける設計変更が行われ、1925年に小牧ダムはようやく着工された。

庄川水力電気は小牧ダムの建設が容易に進まなかったことや関東大震災の影響もあり資金不足で経営難に陥る。1925年に日本電力(関西電力の前身)の子会社となり、小牧ダム建設は日本電力主導で進められた。

庄川流木争議[編集]

日本のダム#日本のダム事件・訴訟 も参照されたい。

ところが、小牧ダムの建設が開始されてから、庄川流域の有力な木材業者「飛州木材」は19

[13] 道路レポート 牛岳車道, , http://yamaiga.com/road/usidake/main2.html

さて、今回こそ牛岳車道の“探索”をしたいと思う。

いま私がいるのは、道路3代(牛岳車道→小牧峠隧道→金屋トンネル)と鉄道1代(庄川水電専用線)が集中する通称「小牧峠」の険だ。

この小牧峠の険を、一番最初に越えたであろう道が、明治23年に開通した牛岳車道だ。

(その根拠は、金屋がスタート地点として記録されていることや藤橋(後述)を通行していたことであり、迂回路は考えられない)

それ以前近世まで利賀道は、右の地図の範囲からは外れるが、1.6kmほど南の杉谷峠を越えていたという。

また、現在の国道156号のもととなる、庄川沿いを五箇山や白川へ向かうルートは、大正時代以降に「庄川沿岸道路」と呼ばれて工事が進められたのであって、それ以前はせいぜい獣道程度であったと伝えられている(庄川町誌など)。

ようするに、今から立ち入ろうとしている小牧峠の旧々道は、牛岳車道由来であるとほぼ断定出来る。

そしてそこで目にするものは、この探索における最初の、牛岳車道のリアリティを持った姿と言うことになる。

2009/4/29 7:00

戦時中に建設された、異形と言うべき小牧峠隧道。

私には意外と思えたが、この隧道でさえ、これまで余りその存在が公に語られたことはなかったらしい(読者さんからのコメントより)。

物理的には現国道と極めて近接しているが、前回解明したとおり西側は寸断されており、また東側の国道接点は、夏になると見通せない藪になるとのこと。

なるほど、タッチの差で「隧道リスト」の選から漏れたこと(リストは昭和42年以前に廃止された隧道は除外してあるが、金屋トンネルの開通は昭和41年である)や、なぜか歴代地形図に記載されなかった(昭和27年版にも記載がない)ことから、今まで余り知られない存在だったらしい。

ということは、この先の旧々道は最大級に“謎めいて”いるのだろう。

現地でそこまで考えるゆとりはなかったが、今思うと相当興奮して良い事例だ。

そんな訳で、小牧峠隧道西口の脇から、若草の茂る狭い平場へと進む。

そこは降り積もった枯れ枝によって柔らかい踏み心地があり、既に路面や路面跡を思わせるものではない。

前方はなおさらで、雪解けからそう経っていないはずだが、既に背丈以上の草の勢いを感じる。

「庄川町誌」によれば、落石が多く年中危険で、特に冬場は交通途絶の原因になった

[14] 橋梁レポート 双竜湖(小牧ダム)に架かる巨大廃橋(跡) , , http://yamaiga.com/bridge/toga/main3.html

2009/5/1 9:09 【現在地】

遂に来た!

古地形図を確認していたお陰で、たいへん首尾良く無駄なく歩き始めから40分足らずで到達することが出来た。

あれだけ立派な橋なのだから、とうぜんどこか車道と通じていなければおかしいとは思っていたが、これで西岸林道との接続が確かめられた。

橋が放棄されたため廃道になったのだろう。

突然吹き始めた横殴りの風が、湖上に突き出た岬の先端にいることを伝えてきたが、そこでまず見たのは一本の錆びきった道路標識だった。

そして、そこがまさしく橋の始まりだった。

橋の規模に較べて控えめな親柱(残念ながら銘板なし)を起点に、コンクリートの欄干がずっと続いている。

たもとの状況を観察する前に、気付けばもう橋の上だった!

ここは紛れもなく橋の上である。

間違いなく地上から離れた橋上にいるのだが、手の届く範囲にあるのは雑草や木の枝など、先ほどまでの友人ばかり。

視覚をほとんど閉ざされたまま、完全なる一本道を前へ前へと“連行”されていく。

前方視界中、唯一存在感を示しているのは、鳥居型の吊り橋主塔であった。

もし私がこの先の状況をまったく予期していなかったのなら、その主塔は喜びと興奮に満ちた道しるべであったろう。

だが、残念なことに私は知ってしまっている。

その主塔の向こうには、いかなる探るべき道もないということを。

そこに着いてしまえば、強制終了なのだ。

この未踏への有意義な踏み出しは、そこで終わってしまう。

せっかくの“二日越しの獲物”、気持ちとしてはもっとじっくりと味わいたかったが、なかなか足を止めさせるような発見もないまま、草原同然となった橋上を、もそり…もそり…。

受け身では駄目だ!

一瞬、橋に辿り着いたことだけで満足してしまい、あとはただフツーに渡って終わりそうになっていたぞ、今。

これはオブローダーにあるまじき、危険な受け身の姿勢。

一期一会、ファーストコンタクトの喜びは最初の一回だけなのだから、もっと楽しまなきゃ損。

というわけで、敢えて進路から逸れ、欄干に身を乗り出して下を覗いてみたのがこの写真。

橋の上は草の海でも、ちゃんと湖上に架かっていることがお分かりいただけるだろう。

ん? 湖上??

湖上なのに、何で左にも木が生えてんのさ?

その疑問は、反対側を見下ろしてみて解決した。

序盤のアーチ橋部分は、

[15] 道路レポート 国道156号 大牧トンネル旧道, , http://yamaiga.com/road/r156_oomaki/main2.html

2009/4/30 8:30 【現在地】

これが、大牧トンネル南口付近から見た、旧道の姿である。

確かに道があったという痕跡は見て取れる。

路肩の擁壁や、その先に続く微妙な平場の断続的連続など…。

だが、直前に見た駈足谷橋の旧道で恐れていた展開は、現実のものとなった。

現道開通後、おそらく速やかに放棄されたと思われる旧道は、豪雪の山腹に放置されること30余年にして、その国道であった過去をまるで喪失してしまったように見える。

良かろう。

望むところ。

季節的には、今がベストシーズンであるはず。

現道がトンネルで失ってしまった庄川峡の車窓を独り占めに出来るのならば、苦労のし甲斐もありそうだ。

とりあえず「大牧とんねる」の扁額が掲げられた坑口から洞門に入り、急な左カーブで90度近く進路を変えると、正面に洞門とは異なるオレンジ色の空間が見えてきた。

出口まで見通す事が出来ないそれは、全長1330mを誇る大牧トンネルである。

そして旧道の分岐は、その本当の坑口の直前にあった。

一応自動車でもここを曲がって、旧道のある“外”へ出る事までは出来るし、禁止もされていない。

ただ、後続車がいたら追突されそうで怖ろしい。

いよいよ、旧道探索が始まる。

初っ端から、これである。

遠目に見た時から予感はしていたが、やはり旧道は完全に廃道化しているようだ。

地形図に描かれていなかった時点で、十中八九分かっていたともいえる。

問題は、その状況如何である。

まず、自転車についてはこの時点で持ち込みを辞退させて頂くことにした。

無事に探索が終わってトンネルの反対側に脱出出来たら、トンネルを歩いて回収しに来れば済むことだ。

多分、この状況の廃道を自転車を持って無理やり突破するより、結果的には短時間で攻略出来ると判断した。

(一番やってはいけないのは、ダラダラと途中まで自転車を持ち込み、回収にまで手こずる羽目になることだ)

早速の道の見失いっぷりに驚かされるも、崩れ落ちた上に突き固められた土砂の山の根本、本来の路面があった辺りに目をやれば、ちゃんとその痕跡を見て取ることが出来た。

見覚えがあるギザギザの構造物は、明らかに路肩の駒止めである。

間違いなく、ここに小さな暗渠を渡る道路が通っていたのである。

これに小さく励まされ、いざ単身、先へ進む。

この先想定される旧道

[16] 大牧温泉<館内の御紹介>, , http://www.oomaki.jp/sisetu.htm
[17] 船でしか行けない(ハズの)秘境の一軒宿に、他の方法で行ってみた ‐ ニコニコ動画:GINZA, , http://www.nicovideo.jp/watch/sm23842384

動画の説明文:全文を表示

サスペンスドラマの舞台としても有名な、船でしか行けない温泉宿。以前より気になることがありました。それは地形図を見ると「ここに道あるんじゃネ」と言うことです。そこで最初はバイクで行ってみたのですが、...

[18] 庄川遊覧船株式会社, , http://www.shogawa-yuran.co.jp/

2014.6.12

ここが素晴らしい!砺波市小牧公衆トイレ完成

2014.4.11

チューリップクルーズ運航します

2013.11.6

スウィーツプレゼント当選者発表

2013.9.19

「ウォーターカフェ2013」を運航します!

2013.8.12

お盆休暇中短時間遊覧船運航します!

2013.4.15

「チューリップクルーズ」運航します!

2013.4.4

「さくらクルーズ」運航します!

2012.12.12

女子旅ツアー募集!!

2012.9.14

スイーツ船を運航します

2012.7.18

お盆休暇中毎日運航します

2012.4.6

毎日運航します

2012.3.27

船舶売店が閉店します

2012.3.7

看板が変わりました

2011.11.15

短時間遊覧船運航について

2011.9.17

「スイーツ船」を運航します

2011.9.14

「クルーズ庄川」営業運航開始

2011.8.24

クルーズ庄川進水しました

2011.8.12

クルーズ庄川組立工事始まる

2011.8.4

お盆休暇中短時間遊覧船運航します

2011.7.28

「クルーズ庄川」組立工事が始まります

2011.6.24

新船名称決定

2011.4.21

チューリップフェア期間中 短時間遊覧運航について

2011.4.19

当選者のお知らせ

2011.3.28

新船名称発表延期のお知らせ

履歴

[21] この記事はSuikaWiki Worldに作成されました。 に最終更新されました。 https://world.suikawiki.org/spots/23438054528056441

メモ