奥只見湖

奥只見湖

[1] 奥只見湖 (おくただみこ) , 銀山湖

37.1358543726282 139.244155883789

Webページ

[2] 奥只見ダム - Wikipedia, , http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A5%A5%E5%8F%AA%E8%A6%8B%E3%83%80%E3%83%A0

奥只見ダム(おくただみダム)は、福島県南会津郡檜枝岐村と新潟県魚沼市に跨る、一級河川・阿賀野川水系只見川最上流部に建設されたダムである。

電源開発株式会社が管理する発電用ダム。型式は重力式コンクリートダム、堤高は157.0mでダム堤高では日本で第5位(2009年現在)の高さであり日本一高い重力式コンクリートダムでもある。ダムによって出来た人造湖・奥只見湖(銀山湖)は湛水面積 (1,150ha) が日本では3番目に広く(2009年現在)、総貯水容量 (601,000,000m³) は第2位(2009年現在)の人造湖である(総貯水容量第1位は2007年に完成した揖斐川の徳山ダム (660,000,000m³) )。越後三山只見国定公園に指定されている。

沿革[編集]

只見川電源開発計画[編集]

尾瀬沼を源に阿賀野川に注ぐ只見川は、有数の豪雪地帯でありかつその流域のほとんどを山地で占めている。この為水量が通年豊富で急流であることから、古くより水力発電の適地として既に明治時代より電源開発計画が為されていた。只見川の総合的な電源開発は1936年より実施された「第3次発電水力調査」に基づき当時の逓信省から発案され、その後日本発送電株式会社によって只見川から阿賀野川まで階段式にダム式発電所を建設する計画が進められるようになった。だが新潟県も豊富な只見川の水を利用したいとして「只見川分流案」を呈示、更に旧東京電燈を母体とする日本発送電関東支社は尾瀬沼をダム化(尾瀬原ダム計画)して利根川分水する「尾瀬分水案」を企画し調整がつかぬまま戦争により事業は一時中断した。

戦後、荒廃した国土を復興するために電源開発の重要性が一段と高まったが、既に只見川では1947年に「只見川筋水力開発計画概要」が日本発送電によって纏められている。内容は戦前の案と同様で只見川に11か所、阿賀野川に6か所、伊南川に3か所、大津岐川に1か所の水力発電所・ダムを建設するものでありこの中で奥只見ダムは堤高150.0m、総貯水容量580,000,000m³、認可出力385,000kWのダム式発電所として計画されている。この案での開発が行われると当時開発可能な発電水力は推定1,960,000kWであり、東北地方の当時計画されていた発電水力の4分の3を占める一大電源開発地帯となることから俄然只見川への注目が集まった。

195

[3] 国道352号 - Wikipedia, , http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E9%81%93352%E5%8F%B7

概要[編集]

新潟県中部から福島県南会津地方を横断し、栃木県へと抜けるルートを採るが、新潟・福島県境を除くと相当部分が他の国道との重複区間となっている。新潟県長岡市内には未開通区間が残る。また新潟・福島県境前後は豪雪地帯であるため、冬期交通不能区間である。

新潟県魚沼市から福島県檜枝岐村までは枝折峠や奥只見湖沿い、そして県境付近で急カーブの連続した1〜1.5車線程度の断崖絶壁に沿った狭隘な道が続き、俗に言う「酷道」の1つに挙げられている。新潟県側の大湯温泉から檜枝岐村の国道401号分岐点との間は、枝折峠越えと奥只見湖畔の谷越えの屈曲などで著しい迂回を重ねている。ゆえにこの区間のみで道路延長は70 kmを超えるが、銀山平付近の観光施設以外、途中に集落の類は存在しない。湖畔の屈曲区間は、沢の水が橋もなく道路上を流れる洗い越しが多数存在し、雨量が多くなると通行止めになる。

なお、かつて枝折峠区間は狭隘路対策と路線バスの通行を目的に、時間帯一方通行規制が敷かれていた(午前中は新潟県→福島県へ、午後は福島県→新潟県)。また新潟県側から福島県境までの区間において、二輪車は全面通行止めとする措置も取られていた。これらの規制は2006年(平成18年)度より解除された。

路線データ[編集]

一般国道の路線を指定する政令[1][注釈 1]に基づく起終点および経過地は次のとおり。

起点 : 柏崎市(柏崎市柳橋町 : 柳橋町交差点 = 国道8号交点)

終点 : 栃木県河内郡上三川町(栃木県河内郡上三川町大字上三川 : 上三川交差点 = 新4号国道、栃木県道47号真岡上三川線交点)

重要な経過地:新潟県三島郡出雲崎町、同郡三島町[注釈 2]長岡市、同県北魚沼郡広神村[注釈 3]、同郡小出町[注釈 3]、同郡湯之谷村[注釈 3]、福島県南会津郡檜枝岐村、同郡伊南村[注釈 4]、同郡田島町[注釈 4]、栃木県塩谷郡藤原町[注釈 5]、今市市[注釈 5]、鹿沼市、同県下都賀郡石橋町[注釈 6]

路線延長 : 331.4 km(実延長241.1 km、現道241.1 km)[2][注釈 7](新潟県柏崎市 - 長岡市栖吉町:59.1km、新潟県長岡市山古志種苧原 - 栃木県河内郡上三川町:268.8km)

新潟県区間 : 152.4 km(実延長146.5 km、現道146.5 km)

福島県区間 

[4] 国道352号線(樹海ライン)で新潟・福島県境を越えてみる - きたへふ(Cチーム)のブログ, , http://blog.goo.ne.jp/cars-kitahefu/e/3428ba6d5f73c255166699b3849ff7fd

【現地訪問日:2013/10/13、記事作成日:2013/12/23】

私はここ2年程、春〜秋のツーリング時季は実家の都合や

仕事の関係で頻繁に九州を往復していたので、大好きな

長距離の日帰りツーリングに行くことができていない状況でした。

しかしそうした中でも「時間が出来るようになったら行きたいなぁ」と

以前から常々思っていたところが2個所ありました。

1つが国道152号線(浜松側)を走破すること、

もう1つが只見線&田子倉湖沿いの国道252号線と、

奥只見湖沿いの国道352号線を走破することです。

前者の国道152号線については9月の3連休に走ってきたのですが

(詳細は国道152号線を浜松から北上してみるのエントリ参照)、

今回は10月の体育の日の3連休を利用して、途中1泊しながら

横浜→郡山(一泊)→会津若松→只見(田子倉湖)→魚沼市→奥只見湖

→檜枝岐村→南会津→鬼怒川温泉/日光→鷲宮(温泉)→横浜という

経路でツーリングに出かけてきました。

このエントリでは、昼飯ポイントだった魚沼市の道の駅ゆのたにから

檜枝岐村までの“樹海ライン”と呼ばれる区間の国道352号線を中心に

今さらではありますが今年最後のエントリとして、このときの

走行記録をブログに残していたいと思います。

1. はじめに(樹海ラインについて)

国道352号線 道の駅ゆのたに(A)→国道121号線合流点(I)まで

(クリックでgoogle mapの元データに飛びます)

まず初めに、樹海ライン付近の地図と概要について紹介します。

樹海ラインは新潟県の魚沼市(旧小出町)から枝折峠(しおり峠)を

通って著名な観光地である奥只見湖を抜け、尾瀬の北側の入口となる

檜枝岐村を通って、福島県の南会津地方に抜けるルートです。

ちなみにこのルートは、近年までバイクの走行が禁止されていました。

1998年のツーリングマップルより(枝折峠付近) …クリックで拡大

「眺望抜群の峠だが二輪は通行禁止 許せん!国道だぞ!」という説明が

書かれています。

1998年のツーリングマップルより(新潟・福島県境) …クリックで拡大

「県境より6km先の新潟県側は二輪車通行禁止」と記載されています。

また、この道は国道でありながら洗い越しと呼ばれる

小川が道路を横切っ

[5] 国道352号part3(新潟県魚沼市), , http://route01.com/r352p3.html

R17・R291井口新田交差点を過ぎると再びアーケード区間となるがその距離は長くない。新潟r70吉田交差点からは佐梨川流域の谷筋を走るが両側の山がさほど高くないため鬱蒼とした雰囲気どころか走りやすい2車線快走路である。進むにつれて水田が多くなり見通しの良い2車線道路を淡々と走る。電光掲示板には10月1日に県境区間が開通した旨を表示している。この開通は冬期閉鎖明けではなく災害通行止明けである。

[6] 酷道一直線, , http://backto.kt.fc2.com/back0309/ROAD.htm

第26回 番外編・国道352号線

関越方面から東北へ抜けるルートは限られています。海沿いは太平洋側、日本海側とも抜けることが出来ますが、中央に近くなるとルートが無くなります。沼田から金精峠を越える日本ロマンチック街道のほかは、小出から奥只見を越えるルートがわずかに有るのみです。

その2ルートのうち、新潟県側の小出ルートは、バイクによる通行が出来なくなっています。バイクでは危険という見解が示されているようです。

しかし、そのルートは、国道です。有料道路にはバイクの通行できない国道扱いの道が他にもありますが、ここは有料道路ではありません。

では、そのルートをたどってみることでその真意を測ってみましょうか。

こういう道ですので、もちろんバイクでたどるわけには行きません。今回は車を利用しての訪問になります。

国道352号線は本来海沿いの新潟県柏崎市から始まる。しかし、長岡市の手前で峠区間がまだ開通していないので、全線通しての通行は今のところ出来ない。今回は特殊なケースでもあるので、問題のバイク通行止め区間を重点的に走ることにする。

新潟県小出市から湯之谷、大湯方面を目指す区間はバイクでも通行できる普通の区間だ。この道は檜枝岐方面へ向かうのだが、標識は県道への迂回を指示している。

この県道は、「奥只見シルバーライン」である。

しかしながらこの道もバイクの通行は禁止されている。

シルバーラインはもともと有料道路だったようで、今もゲートは残されている。奥只見湖までのルートで、途中で国道へ接続している。

このルートを推奨しているのは、そこまでの国道区間が難所であることを示している。

シルバーラインの特徴は、そのルートの大半がトンネルの中であることだ。

雪の深いこの界隈、スキー場でさえ厳冬期は閉鎖され、4月から営業を再開する春スキーのメッカとなっているほどで、雪による影響を極力少なくするべくトンネルによるルート開発を行ったものだ。山をくりぬく区間以外の、本来解放されるべき部分もコンクリートのトンネルで覆われている徹底ぶりだ。

実際問題として、これほどのトンネルの中をバイクで走ることが危険であるという見解には概ね賛成できる。よってここが通行止めであることに特に意義は唱えない。

長いトンネルの途中で、檜枝岐方面への分岐が現れる。ここで国道に接続するのだ。

[7] 国道352号 枝折峠, , http://tabi.road.jp/sekijitu/R352/R352.html

国道352号は、新潟県柏崎市と栃木県上三川町を結ぶ国道であるが、そのうち、新潟県魚沼市から福島県檜枝岐村にかけての区間は山深い奥只見地方をたどるルートで、典型的な山岳国道の様相を呈している。1985年頃の道路地図によればこの区間の大部分はダートとの記載があるが、現在は、幅員がほとんど1〜1.5車線のままながら舗装化は完了している。

ここでは、1989年10月に福島県側から新潟県側へ抜けたときの走行記を紹介する。

1989年10月19日、所用で仙台から長野県に向かう途中、かねてから走りたかった奥只見地方の国道352号を回ることにした。しかし、天候はあいにくの雨で、また、檜枝岐村の中心部に到着したときには既に14:00を過ぎていた。

檜枝岐村で腹ごしらえをして、14:35、いよいよ奥只見方面に向けて出発。標高が上がるにつれて紅葉が見頃となるが、同時に雨も激しさを増してきて写真撮影もままならない。

尾瀬への入口である御池を過ぎると、天候の悪さもあってか対向車もめっきり少なくなった。御池からは下り坂となり、只見川を渡ったところで新潟県湯之谷村へ。新潟県に入ったとはいえ、まだまだ先は長い。

15:40頃、雨に煙る奥只見湖の湖面が姿を現す。奥只見湖は奥只見ダムによってできたダム湖で、付近の急峻な山岳地形を物語るかのように、いくつもの谷に湖水が入り込み、非常に複雑な形をしている。ここからの国道352号は、湖沿いの山ひだを忠実にたどるルートとなる。

湖沿いのルートには、路面を少し窪ませて沢の水を流している箇所が多いのだが、この大雨でかなり水量が豊かになっていて、渡るときに勇気のいる箇所も。ちなみに、各流れの手前には、「降雨時通行止」の標識が立っている。

時折現れる対向車のヘッドライトが心強いが、湖水の入り込んだ谷を大きく迂回する箇所では、最初にヘッドライトが見えてから実際にすれ違うまで、10分くらいかかることもある。

そして、ダム湖沿いを30分くらい走ったところで、遂にダートが出現。場所は雨池橋の少し手前付近である。しかし、ダート延長はわずか400mしかなかった。こと、奥只見湖沿いの区間に関しては、全面舗装化も間近に迫ったようである。

16:40、ようやく長かった奥只見湖沿いの区間が終わり、銀山平に到着した。ここでは、一旦国道を離脱して、奥只見シルバーライン経由で奥只見ダムまで往

[8] 奥只見(国道352号線)・檜枝岐・日光ツー sundaytouring.com, , http://sundaytouring.com/%E3%83%84%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%BB%E6%9E%97%E9%81%93%EF%BD%A5%E3%83%80%E3%83%BC%E3%83%88/%E5%A5%A5%E5%8F%AA%E8%A6%8B-%E5%9B%BD%E9%81%93352%E5%8F%B7%E7%B7%9A-%E3%83%BB%E6%AA%9C%E6%9E%9D%E5%B2%90%E3%83%BB%E6%97%A5%E5%85%89%E3%83%84%E3%83%BC

1年の半分以上は冬季閉鎖になる国道

二輪通行規制解除から早3年。

いつか行こうと思っていた国道352号線。

前日仕事を終えてから就寝したのが23時頃・・・でよく眠れずに1:30起床。

自宅周囲は雨が降っていました。行こうかやめようか様子を見ていましたが変らず。

天気予報では奥只見周辺は曇りのち晴れ。

大雨でも台風でもいいや・・・

「奥只見湖が見たい」、ただそれだけの想いで3:30出発です・・・

上の画像は関越道の塩沢石打SA。

上里を過ぎた辺りからめっちゃ晴れてたんですが、関越トンネルを抜けるとザーザー振り。

雨も嫌いじゃないですよ。ドンと来いw

araiのダブルレンズシールドを使っているんですが、これホント良いですよ。

雨でも雪でも曇らない、ハァハァ息を吹きかけても曇らない、

気温差の激しいトンネルに突入しても曇らない。とにかくいつでも視界がクリアに保たれます。

もちろん、内側が汚れてきたりすると若干は曇ったりしますが、手入れさえしておけば問題無しです。

小出ICを降り、国道352号線へ

2008年11/12に冬季閉鎖になってから約半年・・・

2009年度は5/29(金)の10:00に冬季閉鎖解除になっているとの情報をゲット。

問題なく通れそうです。

今日は6/1(月)なので、解除から4日目です。開きたてホヤホヤ・・・

大雪過ぎてスキー場が冬季閉鎖になる位の豪雪地帯だから、

11月から5月一杯まで長い期間閉鎖になる事も理解できます。

シルバーラインとの分岐を過ぎ、大湯温泉入口を過ぎると

うれしい、楽しい、ヘアピンカーブ。

どんどん高度を上げていきます。

序盤からかなり楽しい道が続いていきます・・・

山ごと雲に飲み込まれていくような感覚も良し。

飲み込まれた。

枝折峠に到着。福島県との記載ではなく、県境って所がいい味を出してます。

峠にはきれいなトイレも設置されていました。

スノージェット手前にて。雪が残っているのがわかります。

さすが豪雪地帯、なだれに注意が必要なんだなぁ・・・

って思って画像左の茶色のラインに視線を移すと・・・

おうっ・・・!!!

一瞬、本気でドン引きですよ。道幅一杯に塞いでいるんです。どおりで対向車が1台も来ないわけだ・・・

崩れてきてそれほど時間が経っていないようです。

[9] 新潟県道50号小出奥只見線 - Wikipedia, , http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0%E6%BD%9F%E7%9C%8C%E9%81%9350%E5%8F%B7%E5%B0%8F%E5%87%BA%E5%A5%A5%E5%8F%AA%E8%A6%8B%E7%B7%9A

陸上距離:32.4km(重複区間を含む)

起点:魚沼市本町3丁目(国道352号交点)

終点:魚沼市湯之谷芋川

魚沼市小出地区(旧北魚沼郡小出町)中心部と湯之谷地区(旧同郡湯之谷村)中心部を経て奥只見地区に至る。国道352号と並び小出 - 湯之谷 - 奥只見を結ぶ幹線道路として機能している。

県道50号は、国道352号と共に佐梨川に沿うように東進。葎沢温泉、芋川温泉など湯之谷温泉郷の温泉場を抜け、芋川から上折立までの約3kmの間は国道352号と重複区間となる。

大湯温泉手前の上折立で北側へ分岐し、上折立から奥只見ダムまでの区間は奥只見シルバーライン(おくただみ-)と呼ばれる。この愛称は、江戸時代に奥只見地区で銀が産出されていたことに因む。全長22.6kmのうち18.1kmをトンネルが占め、計19本のトンネルから成っている。この道のトンネルは普通のトンネルと違って、素堀の部分と湧水が随所にあり、さらに交差点がトンネル内に設けられているなど、極めて特徴的なものとなっている。

シルバーラインは元々只見特定地域総合開発計画の根幹事業である奥只見ダムの建設工事用道路として建設されたもので、1957年(昭和32年)に完成。ダム完成後は維持管理用の道路として電源開発が所有していたが、1969年(昭和44年)に県に譲渡され、1971年(昭和46年)8月から観光道路として一般車両に開放された。当初有料道路として供用されていたが、1977年(昭和52年)4月から一般県道として無料開放され、その後主要地方道に昇格した。

一方で、南側を走る国道352号は上折立以東、難所の枝折峠を越える勾配が急な狭隘区間である。このため、シルバーラインはこの区間のバイパス道路としても機能している。ただし、二輪車、軽車両および歩行者は通ることができない[1]。

シルバーラインは奥只見湖畔で終点となる。奥只見は越後三山只見国定公園の区域にあたり、一年の約半分が雪に覆われる。奥只見ダムは堤高157mを有す日本最大の重力式ダムである。ダム周辺はこの地区の観光の要衝となっており、奥只見湖を航行する遊覧船には尾瀬方面へ向かう航路もある(尾瀬口船着場からバスで約1時間)。

県道50号は奥只見ダムから更に只見川に沿って北上し、上大鳥橋南詰が終点となる。この先は福島県境に沿って南会津郡檜枝岐村の村道、更に只見町の町道となり、下

[10] 酷道352号 3/4, , http://www.geocities.jp/teamkokudo/kokudo/R352/R352-3.htm

こちらも、やはりというか、奥只見湖を見ることなく通行止。

でも、まだまだ脇が甘い!立て看を動かすことなく、フィットなら通れてしまう。

非常にか細く除雪された、頼りない雪道をゆく。

対向車に注意も何も、ぶつかるほどの速度を出せる路面状態じゃない。

また、仮に対向車が来ようものなら、どんだけバックしても対向できる場所など無い。

頼りないものの、かろうじて除雪されているため、滑りながらも進むことが出来た。

奥只見湖が見えた!

車を停め、雪の上を乗り越えて湖を見に行く。

通行止で諦めていたら、決して見ることの出来なかった風景。

これだから、酷道はやめられない。

さらに進む。山へ山へと向かって・・・

一面真っ白で、どこに道があるのか分からない。

通行止区間であるため、トンネル内の照明は消され、真っ暗だった。

トンネルの中には、先ほどと同じように、取り外された標識類が置かれていた。

そういえば、通行止区間に入ってかなり走っているが、一度も国道であることを示すオニギリ看板を見ていない。

このポールを見れば分かるとおり、オニギリ看板も全て取り外されているようだ。残念。

さらに進むと、前方でまさに標識を取り外す作業が行われていた!

そう、この作業のために、車一台通れる幅だけが、除雪されていたのだ。

行く手を阻むトラックを回避できるような道幅は無いし、トラブルを避けるため、ここは引き下がった。

ひたすらバックで戻り、標識類が置かれていたトンネル内で、何とか方向転換に成功した。

引き返す頃には、もうすっかり日も高くなっていた。

酷道352号はこれでお終いだが、すんなり引き返す前に、行きたい場所が出来てしまった。

[12] 奥只見ダム[新潟県] - ダム便覧, , http://damnet.or.jp/cgi-bin/binranA/All.cgi?db4=0500

総貯水容量6億100万立法メートル。完成当時東洋一の人造湖とも言われた。長い間貯水量日本一だったが、2008年に徳山ダムができて、第2位に。湛水面積が第3位、堤高が第5位。重力式コンクリートダムとしては、堤高、総貯水容量が日本一。工事には延べ600万人の労務人員と 約390億円の費用がかかった。

[13] 水力発電所ギャラリー 電源開発奥只見発電所 - 水力ドットコム, , http://www.suiryoku.com/gallery/fukusima/okutadam/okutadam.html

電源開発 奥只見発電所

所在地:福島県南会津郡檜枝岐村

交通:JR上越線 小出駅より約33km

特記事項

一般水力に於いて最大出力日本一です。

取水先の奥只見ダムは重力式ダムに於いて堤体高日本一です。

また、発電用のダムに於いて貯水容量日本一です。(全ダム中では第二位)

奥只見発電所諸元

歴史

所有:電源開発[運開]−電源開発[現在]

昭和28(1953)年 7月 :開発決定

昭和32(1957)年 2月 :本工事開始

昭和35(1960)年12月2日:運用開始

平成15(2003)年 6月7日:4号機運用開始

水力発電方式

種別:一般水力

発電形式(落差を得る方法):ダム水路式

発電方式(水の利用方法):貯水池式

出力

認可最大出力:560000kW

1〜3号機:120000kW×3

4号機:200000kW

常時出力: 52600kW

水量

最大使用水量:387.00立方メートル毎秒

1〜3号機: 83.00立方メートル毎秒×3

4号機:138.00立方メートル毎秒

落差

有効落差:170.00メートル(1〜3号機)

有効落差:164.20メートル(4号機)

設備(1〜3号機)

水車:立軸単輪単流渦巻フランシス水車 最大出力137000kW×3台

定格回転数200rpm、無拘束回転数385rpm、総重量620トン、ランナー重量30トン

最高有効落差190.2m、流量80.2立方メートル毎秒、出力137000kW

基準有効落差170.0m、流量83.0立方メートル毎秒、出力127000kW

最低有効落差130.3m、流量69.8立方メートル毎秒、出力 80300kW

発電機:立軸三相交流同期発電機 回転界磁閉鎖風道循環形空気冷却器付 最大出力容量133000kVA×3台

出力電圧15400V、出力電流4986A

力率0.9、周波数50Hz、定格回転数200rpm、30極

最大界磁電流1150A、励磁電圧440V

総重量1004トン、回転子重量555トン、はずみ車効果10500トン・メートル二乗

水車及び発電機:1号機1959年11月製造、2号機1959年8月製造、3号機1959年6月製造

水圧鉄管:内径4300〜3800mm、板厚13〜41mm、延長189.50m、3条

入口弁:バイプレーンバルブ(複葉弁)

放水路:口径9.00m、総延長3048.0m

設備

[14] 道路レポート 主要地方道小出奥只見線 <シルバーライン> 第一回, , http://yamaiga.com/road/okutadami/main.html

私が生涯に体験したい道10選

というものがあるとしたら、確実にあの塩那道路と共にランクインする道の一つ。

それがこの、“奥只見シルバーライン”こと、新潟県道50号小出奥只見線である。

この道は、かつて日本最大の電源開発事業のために、国力をあげて開発された道である。

行く手にあるものはただ一つ、2006年時点での国内ダム総貯水量第一位の奥只見ダム(6億百万立方メートル)。

ダムを生み出し、管理するためだけに設けられた、開発道路。

それが、“奥只見シルバーライン”と後に愛称され、年間15万台が訪れる観光道路になる道の、始まりだった。

道路の開通は、昭和32年。

国営の電源開発株式会社によって施工され、3年の年月と延180万人の労働力が投入された。

開通した全長22kmの資材運搬道路には、あわせて19本、合計延長18km余りの隧道が掘り抜かれ、他に類を見ないトンネル連続道路が出現したのである。

開通後にはすぐに奥只見ダムの本工事、さらに下流の大鳥ダムの工事が続き、やがて奥只見の電源開発は当初の目的を達することとなるのである。

ダム完成後もその管理のみに利用されていた本路線が一般に開放されたのは、昭和44年に管理が電源開発から新潟県に譲渡されたことを契機とし、昭和46年に観光有料道路「奥只見シルバーライン」が盛大に開通したのである。

その後は、奥只見湖自体が強力な観光資源となったのに加え、尾瀬への最短ルートとして、また並行する国道のバイパスとしても機能し、春スキーから夏の避暑、秋の紅葉までと三季に亘り愛される、県下有数の観光道路となった。

昭和52年には無料開放されると共に県道へと昇格し、利用の幅をさらに広げつつ現在へと至る。

多数の隧道をはじめとした資源開発道路らしい無骨さが、ある意味“ウリ”となっている本路線であるが、観光道路というのはあくまで仮の姿であり、本来は現役バリバリのダム管理道路である。

子羊の皮を被ったオオカミであり、その隧道主体の道路仕様は、一般道路の概念を突き崩しかねない。

この道の特異さを鮮明に感じさせるのが、全線にわたって布かれた二輪車進入禁止という規制である。

そして実は(後から知ったのだが)、歩行者も軽車両も禁止であり、ぶっちゃけ自動車専用道路なのである。

自専道という響きからは、高速性のある道路や幹線道路をイメー

履歴

[21] この記事はSuikaWiki Worldに作成されました。 に最終更新されました。 https://world.suikawiki.org/spots/23438054526805476

メモ