「日本のTVA」と称された、北上川流域を舞台にした壮大な治水計画があった。
TVAとは、テネシー川流域開発公社のことで、アメリカの流域開発の嚆矢とされる。
河川開発を通じて地域経済のたて直しや、電源開発、耕地開発、治水などを総合的に行う事業として、1933年ごろに始められたものである。
日本でも、戦後これを手本に各地で河川開発が行われたが、その中でも、最大の規模を誇ったのが、北上川流域に五つのダムを設ける計画である。
そのなかでも、最大の規模を誇ったのが昭和39年に竣工した湯田ダムである。
竣工当時、日本最大の規模を誇る重力アーチ式ダムであり、その堤高は89.5mに及んだ。
この数字は、現在でも日本3位である。
そして、この巨大なダムが和賀川に誕生せしめた人造湖が、公募によってその名が決められた錦秋湖。
錦秋湖の湛水面積は最大630ヘクタールであり、これは現在でも、重力アーチ式ダムとしては国内最大である。
この広大な湖の底に沈み、移転を余儀なくされた家屋数は622戸。
さらには、国道の付け替え延長13350m、国鉄線の付け替え延長15300mにも及んだ。
それら全てが、前代未聞の巨大ダム建設の一部であった。
以来、錦秋湖はその名の通り、秋の紅葉の一際映える静かな湖面を湛え続け、湯田町の観光名所のひとつとなった。
付け替えられた国道やJR線となった鉄路は、その時代を反映しつつ、今も重要な路線として生き続けている。
さらに近年では湖畔を秋田自動車道が貫き、一帯の秋田岩手間の自動車交通メーンルートとしての地位は、永劫の物となったように思える。
竣工後約40年を経た現在、湖底に沈んだ旧道がどうなったのか。
それは、もはや想像の世界にしかありえない情景と、思っていた。
しかし…
例年、夏の僅かな期間。
最もダムの水位が下がる時期に、湖底の一部が地上に現れるという。
そこには、40年間止まったままの時間があるかもしれない。
私はついに、現地の調査に赴いた。
以下は、そのレポートである。
岩手県和賀郡湯田町 川尻
レポートの始まりは、ここ、岩手県の西の果て和賀郡は湯田町の川尻地区である。
湯田温泉峡に近く、横手地方と北上地方を結ぶ国道107号線と、盛岡方面に伸びる県道1号線とが分かつ、交通の要衝である。
眼下に見えるのが今回、その