それが目指す黄瀬萢なのではないかと、出会う度に期待を抱かせる、大小の湿原や、草原。
かつて遭遇したことがないほどの極限の藪と、楽園のような風景とが、交互に現れるのである。
求め続けた脱出の瞬間は、近いのか。
坦々と蛇行するだけの10万分の1道路地図上の点線は、何も語ってはくれない。
時刻は遂に、正午に達した。
入山から、6時間が経過した。
ヘアピン以降では、これまでで最大級の湿原帯が左に現れた。
踏み跡はこの縁に沿って、さらに次の藪へと吸い込まれるように登っている。
あなたは、想像が出来るだろうか。
この景色の中に、かつて車道があったこと。
登りながら振り返る。
そこに6時間ぶりに見る、御鼻部山の姿。
ゆったりとした緑の絨毯が、僅かな起伏を描きながら繋がっている。
私が踏破してきたのは、その絨毯のただ中であった。
それは、直線距離にして10kmにも満たないものであるが、6時間という時間が、その道のりをこれ以上なく語っている。
過去に、一本の道でこれほどの時間を要した経験があっただろうか。
御鼻部山から入ってくる少し前、逆側からこの山脈を見、底知れぬ恐怖を感じた。
しかし、いまはこうして、その山脈を振り返っている。
次は、右側に広大な草原が現れた。
もう、ここはボーナスゲームに入っているのか?
これは、ウィニングランなのか?
そんな気分にさせられる。
私はこの時、天上の人にでもなったような、最高の気分だった。
ここにチャリを運んだ事の、その馬鹿らしさが、最高に愉快だった。
「かつて車道だったそうなので、チャリで来たんです。」
もし登山者に叱られたら、そう言ってのけよう。
独りほくそ笑む私だった。
遂に見た、あれが地獄峠である。
あの鞍部が、海抜1260mを数える本道の最高所だ。
最初にガイドブックの地図に其の名を見たとき、思わず笑ってしまった。
「地獄峠?」
なんて恥ずかしい、小学生が考えたような名前なんだろうと。
どうして、こんな仰々しすぎて、逆に陳腐な名前になっているんだろうかと。
笑ってしまった。
だが、地獄峠は大まじめにそこに実在している。
しかも、青森県で最も高所にある峠として。
車道が通る(った)峠としては、東北有数の高さを誇る峠として。
私は、もう殆ど藪を写すことをしなかった。