国道49号は太平洋岸のいわき市と日本海沿岸の新潟市とを結ぶ全長250km近い国道である。
都会化の進む起終点の両市をはじめ、その沿線にも福島県の中心的都市である郡山市や、会津地方の中心地会津若松市などを擁し、並行して磐越自動車道が通うなど、南東北を代表する列島横断国道と言えるだろう。
だが、この道が一応の近代的な交通路としての面目を得たのは比較的近年であり、昭和39年の一級国道昇格を機に各地で一時改良工事が進められてからのことである。
それ以前は二級国道115号平新潟線と呼ばれており、明治15年頃に二代福島県令三島通庸が拓いた「会津三方道路」(会津若松から栃木、山形、新潟へとそれぞれ繋がる新道整備や道路改良)の名残を残す、殆どが砂利道以下という難路であった。
そのなかでも最大の難所だったのが、昭和39年に現在の隧道が掘られるまで、三島時代の隧道をそのまま使っていた本尊岩(ほんぞんいわ)であった。 場所は新潟県東蒲原郡阿賀町(最近まで津川町)で、ここは阿賀野川が細く屈曲し海抜400m前後の山間を貫流しており、元もと道を通す隙間に乏しい場所であるが、その中でも本尊岩という大岩が水際に迫り出した一角があり、この基部を隧道が貫いて、辛うじて陸上交通を確保している。
この地の隘路としての宿運を初めて断ち切ったのが、平成8年に津川ICまでを開通させた磐越自動車道で、阿賀野川対岸の焼山直下に全長3kmを超える焼山トンネルを開通させた事によった。
細く入り組んだ宿場町の風情を残す津川町の南縁をバイパスで通り抜けた国道49号は、少し狭い麒麟橋で阿賀野川右岸に取り付く。
そこから本尊岩隧道までは西進すること約3.5km、ほぼ一本道である。
道はずうっと阿賀野川に沿っているが、進むにつれ両岸の山並みは険しさを増していく。
対岸は早々に沿う道もなくなり、緑茂る斜面が直接水面に触れるようになる。
やがて此岸も似たような景色になっていくのだが、その入口に、元一級国道らしからぬ交通規制表示が現れる。
本尊岩隧道を間に挟む揚川ダムまでの4km区間の通行規制の表示である。
現在は磐越自動車道という有力な迂回路があるものの、数年前まではこの通行止めは県経済に事あるごとロスを与えていたものである。
この阿賀野川沿いの国道の両側を挟むように、南に越後山地、北には飯豊山地という、いずれ