リエージュ

リエージュ

[1] リエージュ

Webページ

[2] ベルギー「研究」記:3月, , http://www.ishi.be/belgique2008-2009/3.html

3月

2009年3月3日(火) :公立美術館, Bibliothèque Chiroux, Histoire politique de la Belgique , Thomas Cook の時刻表

3月に突入。博論提出まであと3週間というところ。いろいろ頂いたコメント・ご批判を受けての手直しもとりあえず終了。後は細かなところの確認・修正。

基本書での確認のためにリエージュの公立図書館( Bibliothèque Chiroux )へ。基本書は公立。開架がなによりも扱いやすい。残念なのは平日は13:00からしかオープンしないこと。

Xavier Mabille の『ベルギーの政治史( Histoire politique de la Belgique. Facteurs et acteurs de changement )』。超基本書だけど版によって表紙の色が違う。こういうのを見ると、どうしても全部蒐めてみたくなるコレクター性格。

第四版(2000):緑色

第三版(1997):青色

第二版(1992):橙色

初版(1886): 灰色

第四版(2000年だけど一応最新版)すら手に入らない。販売元の研究所 CRISP (Centre de recherche et d'information socio-politiques)でも「絶版」。本屋にもない、古本屋でも見ない。こういうのが全版さらりと(開架で)揃っているのが公立図書館。

"APRÈS博論提出" のこともちょっとは考える余裕が出てきた今日この頃。旅。手始めに Thomas Cook の代理店に電車時刻表を買いに行ったけど、店の人はその時刻表の存在を知らなかった…。「飛行機の時刻表?」とか聞かれたり。

素晴らしいお天気な一日でした。

2009年3月6日(土) :国立公文書館, ULC, ULB, TEC, Lijn, Thomas Cook の時刻表, ブリュッセル地下鉄

ブリュッセルの ベルギー国立公文書館( Archives de l'État en Belgique )へ行く。この期に及んで、新しい資料を読むってのはちょっと無謀でもある気がするけど、ちょっと目を通しておきたい。

ついでなので、ルーヴァン・ラ・ヌーヴ経由で。UCLの図書館はやっぱり使い良い。ルーヴァンからブリュッセルにはTECの C

[3] リエージュ劇場 - Wikipedia, , https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%83%A5%E5%8A%87%E5%A0%B4

リエージュ劇場 は、 ベルギー王国 の国王が リエージュ 市に創立した劇場。古くから『テアトル・ド・ラ・プラス』の名で知られていたが、 2013年 の新施設建築(併設)と同時に改称された [1] 。 フランス語共同体 において王立オペラハウス・王立オーケストラと並び「三大文化施設」とされている [2]

歴史 [ 編集 ]

リエージュ劇場は 1918年 に ベルギー国王 が設立した国立の ギムナジウム が起源であり、現在も当時のベルギー国王が創立した劇場として知られる [3] 。建物は一度解体され、 1939年 に再建築されている。

1998年 にはリエージュ劇場の建物が歴史的建造物に登録された。リエージュ劇場には古くから リエージュ王立音楽院 が入っていたが、 1999年 に安全上の理由から移転することとなった。

2013年 には敷地内にリエージュ劇場の一部として新たなホールが併設された [4] 。この新施設建設の資金の大部分は フランス語共同体 政府(ワロン-ブリュッセル同盟)からの出資であった [5] 。この際、旧来の『テアトル・ド・ラ・プラス』から『テアトル・ド・リエージュ(リエージュ劇場)』へと改称された。

リエージュの街は古くからヨーロッパ各地をつなぐ貿易の要衝となっており、芸術のオリジナリティを重んじるフランス語圏でもある。中世以降は 司教領 首都( リエージュ司教領 )としても、学問や政治の中心地であった。また、 第一次世界大戦 ではドイツの侵略に対抗する記録的な激戦地( リエージュの戦い )となっている。そして、前国王アルベール2世が即位前までは「 リエージュ公 (Prince de Liège)」の儀礼的称号を有していた( フランドル伯 、 エノー伯 とともに2001年に廃止)。そのため、リエージュ人の『プライドの高さ』と『周囲と区別する閉鎖性』には特筆すべきものがある。こうしたことが背景にあってリエージュでは芸術は非常に大切にされており、『リエージュ国際芸術祭』が毎年一ヶ月間に渡り独創的な芸術作品が上演されるなど、誇り高く開催されている(出典:『近代 (No.92)』p35〜「ベルギーの舞台芸術政策と地方劇場の役割」〜)。

施設 [ 編集 ]

リエージュ劇場の本館は歴史的建造物として登録されている。また、本拠地から数百メートル離れた場所には一つ目

[4] ベルギー紀行, , http://homepage1.nifty.com/mstak/Tour/bergy.html

2001年8月10日から22日まで12日間、ベルギーへフリー旅行をしました。オランダ語圏の北部、ブリュッセル、ブルージュ、アントワープ、ルーヴェン、ハッセルト、シント−トルイデン、フランス語圏の南部、リエージュ、ナミュール、そして古城めぐりと、四国の1.5倍くらいの大きさという国の中、すべて列車を利用してあちこち移動しては歩き回ってきました。

石造り、ゴシックの荘重な教会、彫刻と旗で飾りつけられた市庁舎、州庁舎、それらにとりまかれたマルクト広場、裏道に入っても石畳の道、結構迷路、 これがヨーロッパという印象 がまことに強烈でした。娘がコンクールに出るということから始まった旅゛演奏会の合間の観光。のんびりと、ヨーロッパの古都をこれという目的もなく、ひたすら散歩するという、小さな国で12日間、無駄も多かったですが、ある意味では贅沢な旅でした。

帰国直後の 2001.9.2 メモ書きしたまま、2年半放置していたものを私やワイフの旅のメモと写真、ガイドブックで思い出しながらの記述です。なお、長文になるので、こちら1部では、前半の トルイデン、ハッセルト、リエージュ、ナミュールと古城めぐり までとし、後半、アントワープ、ブルージュ、ブリュッセル、ベルギー小史を2部とします。

1 はじめに

12日間のベルギーのフリー旅行、そもそもは、娘がベルギー東北部、ハッセルト近くのSint-Truiden(トルイデン)というガイドブックにも出ていない小さな街で開かれるマリンバ・コンクールに出るということから始まった。ワイフは最初からついていくことにしていたが、私は 、ワイフは最初からついていくことにしていましたが、私は母親を一人おいておくわけにもいかず、留守番のはずだったのだが、上の娘が由布院や津和野へ連れていくとか、弟達が交代で来て面倒を見てくれることになり、二人からは「来ないの?」と言われ、急遽、参加することにした。

娘のマリンバ・コンクール出演の支援もあり、当然、例年のツァー旅行はだめ、yahooで格安航空券を依頼したら、すぐ、 レックスロード という会社、佐口さんという方からメールが来て、手配を依頼した。ベルギー直行便(サベナ航空)はとれないのでキャンセル待ちにして、とりあえず、アリタリア航空を押さえてくれた。格安といっても、往復の飛行機代だけで、21万くらい。

契約ホテルのリスト

[5] リエージュ : Rudern macht Spass., , http://rudern.exblog.jp/22490324/

5月の旅の続きです。ベルギーのTongeren に行ったあと、リエージュにも寄ってみました。 リェージュという街の名前の響きが素敵だったので、素敵な街と勘違いしていました。たぶん、リモージュ磁器のリモージュと似ているからだと思います。リモージュとリエージュ。でも、実際は自分の住むルール地方同様、元工業地帯の今は寂れた街のようです。なので、あまり観光で来る場所ではなかったよう。

これはビューラン山に登る階段です。 373段もある長い石段でこれを登ると街を展望できるようですが、373段も階段を登りたくないので、同居人だけ登って街を展望してきたそうです。私はその間、スーパーなどぶらぶら。ちなみに見晴らしはとてもよかったそうです。 元工業地帯だからか、観光名所もあまりなく、撮った写真は、劇場。

ガイドブックに載っていた教会をいくつか見に行ったのですが、外観、もしくは内部が工事中でどれも写真を撮りませんでした。 唯一よかったのは、ワロン博物館です。この地方の人々の暮らしについて知ることができます。館内には昔の生活用品とかが展示してあり、昔のキッチンなどの部屋を再現した展示コーナーもたくさんあり、とてもおもしろかったです。 あと、同居人は現代的な建物だというギュマン駅を見に行きましたが、私はどちらかというと古くて荘厳な建物の駅舎なら見たいのですが、現代的な建物に興味がないので、ここも行かず、一人でスーパーマーケットをぶらぶらしていました。 結局私は、ワロン博物館を見学した以外は、スーパーマーケットやショッピングセンターをぶらぶらしたり、広場の公園でぼーっとしただけで、観光らしいことはしませんでした。 あと、ショックだったことですが、ガイドブックに載っていたレストランの食事がこの地方の料理でおいしそうだったので、注文したのですが、出てきた料理はガイドブックに載っていた写真とは全く違うものだったことです。 ガイドブックによると、リエージュ名物の腸詰の上に目玉焼がのっていて、シロップとジンをかけて食べる Pavé de boef a la Liégeoise という料理なのですが、この名前で注文したらステーキが出てきてしまいました。何を間違ったのだろうか?指差しで注文したんですが、差した場所ずれてたのかな。 今頃、グーグルで検索して画像を調べたら、この名前だとやっぱりステーキがで

[6] リエージュ観光 天井が美しい聖ジャック教会, , http://www.belgium-ex.com/blog/item/8228/15.html

【番組情報】本日6/24(水)22:00~ NHK BSプレミアムにてねこ... (2015-06-24)

[7] Liegeリングチクルス:Erfahrung:So-netブログ, , http://gruen.blog.so-net.ne.jp/2005-09-02

6月末からLiegeの劇場と観光局宛てに出した質問メールの返信が、8月後半からようやく届くようになった。

Liegeオペラは、仏語を操れない者にとっては、あまり親切とはいえない。 最初、チケット購入時に自分のメールアドレスが入らないと、ドイツ語でメールを出した。返事は仏語でくるのだが、それでも調整してくれて、一旦は可能になった。返事を待っている間詳しくHPを見ると、劇場の会員になると宿泊や、チケット割引があることを発見し、欲が出てきた。というのは、昨年ケルンのチクルスで1年間会員になって、破格の割引を受けられたからだ。

でも、Liege は甘くなかった。会員のことを聞こうと思い、申し込みページを一旦キャンセルしとようとしたら、本当にキャンセルするのか?いいのか?というようなちょっと怖いメッセージが出た。

別に気にせず、再び質問メールを送ったとたん、7/1から劇場の夏休みとなり、次は8/16以降にどうぞ・・とHPを書き換えられてしまった。その後も何通かメールを送ったが、休み中で音沙汰なし。

9月になって、ついにチクルスの座席と金額を提案してきた。支払い条件も折り合いがついたが、先方が初めて書いてきたドイツ語の意味よく理解できず、その席を買うからチケットを送ってほしいと書き送ったきりまた無回答だ。窓口引取りでも良かったのだが、失敗した。何でも即断即決が大事と反省・・

9月に入り、Liegeの観光局からも返事がきた。 日本でも、一日から気分一新、勤め先にも、営業強化と思われる電話や訪問者が相次いでいる。(G)

[8] 【ベルギー】屋台コロッケ、日曜マルシェ (6)リエージュ : うきうきビール生活 in フランクフルト, , http://uki2bnny.exblog.jp/21172116/

リエージュ名物のひとつが、TCHANTCHE(チャンチェ)と呼ばれる人形劇のキャラクター。ポッと出のゆるキャラなんか及びでないと謂わんばかりに、この街を牛耳る人気者。なんでも、チャンチェはマリオネット劇場に出演しており、旧市街とムーズ川を挟んだ、対岸エリアのTheatre de Marionettes に行けば会えるという。リエージュ2日目に、せっかく足を運んだものの、その日は劇場が休演。ダンナと2人、がっくり肩を落としてしまった。週末はやっていると聞いていたのに・・・。

チャンチェが活躍する劇場は、Outremeuse(ウートルムーズ)と呼ばれるムーズ川の中州エリアで、旧市街よりも古い家並みが多く残っているそうだ。チャンチェはウートルムーズのシンボルでもあり、便乗か?と思う人形劇場を連想させるような屋台なんぞもございました。この店、その名も ”FRITERIE TCHANTCHE(揚げ物チャンチェ)” 。 人形劇が見れなかった腹いせに、ベルギー名物のフライドポテトとコロッケをやけ食いだ!!!

リエージュ劇場

リエージュ劇場

履歴

[10] この記事はSuikaWiki Worldに作成されました。 に最終更新されました。 https://world.suikawiki.org/spots/24074289441030381

メモ