国道418号

国道418号

[1] 国道418号

Webページ

[2] 国道418号 - Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E9%81%93418%E5%8F%B7

国道418号(こくどう418ごう)は、福井県大野市を起点とし、長野県飯田市を終点とする一般国道である。

[3] 2014 4 20崖っぷち カブツーリング (旧)国道418~(廃道)県道352~五月橋~, , http://www.youtube.com/watch?v=9MRuA6MKQwU

国道(旧道)418~県道352 カブツーリング

危なかった つかれた けど面白かった

[4] 国道418号線を走ってみる・その6 (長野県阿南町→天龍村→遠山郷) - きたへふ(Cチーム)のブログ, , http://blog.goo.ne.jp/cars-kitahefu/e/64665ace1443115fe51c85d8c6d9b1e3

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【記事作成日:2017/11/13、現地訪問日:2016/10/23】

このエントリでは国道418号線走行記の その5(長野県平谷村→売木村→阿南町) の続きとして、長野県阿南町から天龍村そして飯田市(旧南信濃村)の遠山郷に至る最終区間について記載しています。その他の区間については、下記リンクを参照ください。

・ その1(福井県大野市→岐阜県旧根尾村)

・ その2(旧根尾村樽見→八百津町)

・ その3(八百津町→恵那市)

・ その4(岐阜県恵那市→長野県平谷村)

・ その5(長野県平谷村→売木村→阿南町)

・ その6(長野県阿南町→天龍村→遠山郷) …このページ

1. 阿南町→天龍村(平岡)まで

この区間の地図 ( google mapのデータ )

2016/9/3の朝より岐阜県の樽見(現本巣市、旧根尾村)より国道418号線単独区間走行の旅を行っていたブログ主ですが、長野県阿南町の道の駅 信州新野千石平まで来たところで日没サスペンデッドとなってしまいました。

道の駅 信州新野千石平 (2016/9/3訪問時)

そして約1ヶ月半後の2016/10/23、ブログ主は横浜の自宅を夜明け前に出発し、中央道+国道151号で飯田市側から南に下って道の駅 信州新野千石平に再びやって来ましたのでありました(9:00頃到着)。そして30分ほど休憩して、国道418号線を巡る旅は再開となります。

01-国道151号線から右に入ります (道の駅は写真の左後ろ側)

道の駅までの道中(特に中央道)では完全防寒装備をしていたにも関わらず寒さに震えていたブログ主ですが、ここから先はふつーの装備で出発します。

道の駅からは一旦来た道(国道151号)を飯田市街地側に200m程戻って、右側に分岐する国道418号線の方に進んで行きます。

02-この先大型車両通行不可

右の方に「この先 おきよめの湯から 大型車両(ホイルベース5m以上) 通り抜け出来ません 」との警告看板が出ています。

03-天竜まで17km、南信濃まで28km

田んぼと町工場の横道のようなところを抜けていきます。南信濃が国道418号の終点なので、あと一息な感じがありま

[5] 国道418号線を走ってみる・その1 (前編・大野市→旧根尾村) - きたへふ(Cチーム)のブログ, , http://blog.goo.ne.jp/cars-kitahefu/e/b52c07817efaf3b902e4a9f2556ba08f

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【記事作成日:2017/10/15、現地訪問日:2014/7/19、2016/9/3、2016/10/23】

ブログ主はいわゆる酷道マニアの端くれであります。そんなブログ主は昨年(2016年)の夏休みに横浜から北陸回りで福井・岐阜県境の冠山峠を走りに行った際に( 走行記 )、旧根尾村(岐阜県本巣市)から先は国道418号線を走って帰りました。

今さらではありますが、このエントリでは国道418号線を延べ3回に分けて(一部地域を除き)走破した記録をブログに残したいと思います。

1. はじめに:国道418号線について

国道418号線付近の地図( googlemapのデータ )

国道418号線は福井県大野市を起点とし、岐阜県関市や恵那市、長野県売木村や天龍村を経由して長野県の遠山郷(旧:南信濃村、現:飯田市)に至る約240kmの路線です。詳しくは WikiPediaの国道418号の項 を参照ください。

そしてこの国道418号線は、ブログ主のような酷道マニアからは 日本三大酷道の1つ とされており(残りの2つは四国の 国道439号 と紀伊半島の国道425号)、さらには キングオブ酷道 とも評されるような全国最凶(最狂・最恐)の国道としてその名を轟かせています。

この国道418号線が最凶国道として恐れられる理由の1つは、「落ちたら死ぬ区間」と評される断崖絶壁ガードレール無し狭路の 温見峠越えルート (国道157号との重複区間)を含むこと、そして最大の理由は岐阜県八百津町から恵那市(旧飯地村)までの 木曽川沿いの深沢峡の区間が超絶的にイカれているから であります。

この深沢峡付近の道路環境は災害で酷く荒れて(崩れて)いる上に、将来ダムに沈む予定の区間のために補修もされないことから、長らく廃道状態になっています。しかし国道418号の国道指定区間から外れていないことや、通行止めのゲート(警告)を越えて進入することが可能であったことから、ガチの酷道マニアの攻略目標になっていました。

深沢峡のイカれっぷりが判る酷道訪問記サイトや車載動画などは探せばいろいろと出てくると思うので、興味のある方は探してみてください。

参考リンク: 特別企画!酷

[6] 国道418号線を走ってみる・その2 (旧根尾村樽見→八百津町) - きたへふ(Cチーム)のブログ, , http://blog.goo.ne.jp/cars-kitahefu/e/d55eb120215ed306418e54f0172532ea

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【記事作成日:2017/10/22、現地訪問日:2016/9/3】

このエントリでは国道418号線走行記の その1(福井県大野市→岐阜県旧根尾村) の続きとして、岐阜県本巣市(旧根尾村樽見)から八百津町までの区間について記載しています。その他の区間については、下記リンクを参照ください。

・ その1(福井県大野市→岐阜県旧根尾村)

・ その2(旧根尾村樽見→八百津町) …このページ

・ その3(八百津町→恵那市)

・ その4(岐阜県恵那市→長野県平谷村)

・ その5(長野県平谷村→売木村→阿南町)

・ その6(長野県阿南町→天龍村→遠山郷)

1. 岐阜県本巣市(旧根尾村樽見)→モネの池(寄り道先)まで

この区間の地図 ( google mapのデータ )

このブログでは国道418号線の旅をメインに書いていますが、このときのツーリングは横浜から北陸回りで冠山峠を越え、最近話題のモネの池を見てくることが目的の一つでした。そのため本巣市を出発してから途中の山県市で一旦県道196号線+国道256号経由で板取方面へ寄り道します。

01-樽見駅の手前から出発(奥は国道157号線方面)

この日は2016年9月3日(土)。前日に冠山峠を越えて岐阜県入りしていたブログ主は、旧根尾村(樽見駅近く)の民宿の住吉屋( 公式サイト )に宿泊していました。しっかり朝食を食べて、朝8時頃に宿を出ます。

なお、後述のモネの池のところまでカメラの設定がおかしいことに気付かず、途中の写真は暗くなっています。(´・ω・`)

02-樽見鉄道の線路の下をくぐっていきます

上の写真の左側を向いたところの写真です。国道418号のおにぎりと案内板が出ています。国道418号の単独区間の旅がここから始まります。

03-尾並坂峠の風景

旧根尾村から山県市に抜ける区間では、尾並坂峠を越えていきます。ただし峠道は広めの2車線区間が多く、狭いところでも1.5車線はあって酷道成分は皆無な状況。交通量も少なく、快適に…とまでは言いませんが、苦も無く黙々と進んで行きます。

04-山県市内の風景

山県市内の集落のあるエリアに入ってからは、バイクと車の離合は容易なもの

[7] 国道418号線を走ってみる・その3 (八百津町→迂回路→恵那市) - きたへふ(Cチーム)のブログ, , http://blog.goo.ne.jp/cars-kitahefu/e/944e3cbdca3d2a40b9c770d69eaa97f9

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【記事作成日:2017/10/29、現地訪問日:2016/9/3】

このエントリでは国道418号線走行記の その2(旧根尾村樽見→八百津町) の続きとして、岐阜県八百津町の杉原千畝記念館付近から(ヤバイ区間を迂回して)恵那市に至る区間について記載しています。その他の区間については、下記リンクを参照ください。

・ その1(福井県大野市→岐阜県旧根尾村)

・ その2(旧根尾村樽見→八百津町)

・ その3(八百津町→恵那市) …このページ

・ その4(岐阜県恵那市→長野県平谷村)

・ その5(長野県平谷村→売木村→阿南町)

・ その6(長野県阿南町→天龍村→遠山郷)

1. 八百津町→武並橋(恵那市笠置町)まで

本来の国道418号線(深沢峡)経由の地図 ( google mapのデータ )

ここから先は国道418号のハイライトともいえる八百津町~恵那市間のエリアを通っていきます。 その1 の冒頭でも触れましたが、国道418号が酷道マニアから “キングオブ酷道” などと評されているのは、木曽川沿いのこの区間が超絶的にイカれているからです。(もはや車両が通れるレベルになく、通行止めになっている)

今回の走行区間の地図 ( google mapのデータ )

それで今回は、木曽川より北側にある迂回ルートを通っていきます。

現地を訪問した2016年時点で(そしてこのブログを書いている2017年現在も)国道418号線の迂回ルートはまだ全線開通しておらず、八百津町潮見まで開通している国道418号丸山バイパスより先は、岐阜県道353号(篠原八百津線)+県道402号(中野方七宗線)+県道412号(恵那八百津線)と経由して、木曽川にかかる武並橋付近で国道418号線に復帰するルートを進んで行きます。

01-国道418号に戻ってきました

杉原千畝記念館に寄り道して休憩していたブログ主ですが、13:10過ぎに再出発します。

上の写真の右下側の道がイカれた川沿いルートに続く道ですが、こっちの方には見向きもせず、トンネルのある丸山バイパス方面に進んで行きます。

02-高いところにかかっている橋が見えます

あれはV字の渓谷の間に架けられた

[8] 国道418号線を走ってみる・その5 (長野県平谷村→売木村→阿南町) - きたへふ(Cチーム)のブログ, , http://blog.goo.ne.jp/cars-kitahefu/e/b7a90f50815cf478ebf6881fc4fd09b1

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【記事作成日:2017/11/6、現地訪問日:2016/9/3 (一部2016/10/23)】

このエントリでは国道418号線走行記の その4(岐阜県恵那市→長野県平谷村) の続きとして、長野県平谷村から阿南町に至る区間について記載しています。その他の区間については、下記リンクを参照ください。

・ その1(福井県大野市→岐阜県旧根尾村)

・ その2(旧根尾村樽見→八百津町)

・ その3(八百津町→恵那市)

・ その4(岐阜県恵那市→長野県平谷村)

・ その5(長野県平谷村→売木村→阿南町) …このページ

・ その6(長野県阿南町→天龍村→遠山郷)

1. 平谷村→売木村→阿南町まで

この区間の地図 ( google mapのデータ )

岐阜県恵那市(旧矢作町)から県境を越えて長野県平谷村に到達したブログ主は、引き続き平谷峠を越えて売木村(うるぎむら)の方に向かって行きます。

01-平谷村を出発します(16:43頃)

前回休憩した恵那市内の道の駅を出発して約1時間15分。すぐ近くに道の駅 信州平谷がありますが、ここはスルーして休憩無しでそのまま国道418号を東進します。

02-売木村まで11km

平谷村から売木村までは、広めの片側1車線の快速道となっています。

03-惚れ惚れするような快速道 (平谷村入川地区)

この辺りは再舗装されたばかりなのか、綺麗な路面の快速道でした。

04-売木村まで6km

やっぱり快速道が続きます。

05-平谷峠に到着 (16:52頃)

平谷村市街地から10分足らずで平谷峠(標高1160m)に到着しました。

06-売木村に入ってきました

平谷村と売木村の境である平谷峠を過ぎると下りに入っていきます。

07-山の風景1

峠から山々を見下ろします。山の影が映ってきて、日が傾いてきたんだな~と感じます。

08-急カーブ

平谷峠のルートは広くて路面も良好ですが、一部ヘアピンカーブがあるので、やんちゃして飛ばしすぎないように注意する必要があります。(特に平谷村→売木村側方面は注意)

09-峠を下りてきました

山里の快走路を突き抜けます。

10-県道46号との分岐点

[9] 国道418号線を走ってみる・その4 (岐阜県恵那市→長野県平谷村) - きたへふ(Cチーム)のブログ, , http://blog.goo.ne.jp/cars-kitahefu/e/01302cc05e271eb71e38394a31418c0c

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ファミスタとは特に関係ありません。タブレット・スマホをご利用の方は、できればPCモードで御覧ください。

【記事作成日:2017/11/1、現地訪問日:2016/9/3】

このエントリでは国道418号線走行記の その3(八百津町→恵那市) の続きとして、岐阜県恵那市から長野県平谷村に至る区間について記載しています。その他の区間については、下記リンクを参照ください。

・ その1(福井県大野市→岐阜県旧根尾村)

・ その2(旧根尾村樽見→八百津町)

・ その3(八百津町→恵那市)

・ その4(岐阜県恵那市→長野県平谷村) …このページ

・ その5(長野県平谷村→売木村→阿南町)

・ その6(長野県阿南町→天龍村→遠山郷)

1. 恵那市三郷町→旧山岡町→旧岩村町→旧矢作町まで

今回の走行区間の地図 ( google mapのデータ )

この節では、恵那市三郷町から旧恵那郡の山岡町→岩村町→矢作町と移動していきます。ただし恵那市は市町村合併で旧恵那郡を吸収合併した関係で、現在は全て恵那市となっています。つまり市内移動となります。

01-道の駅らっせいみさとを出発します

遅い昼飯を食べてお腹いっぱいの状態で再出発します。(15:30過ぎ)

02-この辺りは快適な快速道でした

空いている幹線道路といった感じでスイスイでした。

03-県道406号との分岐点

旧岩村町(国道257号)方面は左となります。

04-山岡の交差点 (15:40過ぎ)

ここで国道363号と交わる信号の無いT字路交差点に突き当たります。国道418号は左折して旧岩村町方面に向かいます(国道363号との重複区間)。

05-国道363号との重複区間

この辺りは片側1車線・オレンジセンターラインの(ブログ主の感覚的に)「いかにも地方の幹線国道」という感じになっています。

06-稲が実っています

ブログ主の好きな風景です。

07-明知鉄道の電車

この辺りの道路は明知鉄道と併走しています。たまたま(運転本数の少ない)列車と出会えることができてラッキーでした。

08-一色交差点 (15:50頃)

旧岩村町の一色交差点で左右を走る国道257号と合流します。国道418号は右折となります。

09-裏山交差点

先程の一色交差点から先は国道257号・

[10] 道路レポート 国道418号 清水トンネル旧道, , http://yamaiga.com/road/r418_shimizu/main.html

「山行が」に、とうとう“あの国道418号”の名前が登場するわけであるが、天の邪鬼でマイナー好きな私である。

酷道ファンに知らぬ人のない“あの区間”を紹介するのは、またいずれの時としよう。

ここで紹介するのは、国道418号の中でも国道への指定以来ずっと地域の生活道路として健気に働き、その功績が認められる形でつい最近に生まれた旧道である。

国道418号は、他の一群の国道と一緒に昭和57年に指定された。

しかしこの「遠山郷」と呼ばれる中部日本の秘境と言われる地域に進み出でたのは、それから11年経った平成5年のことである。

その時以来、国道418号は福井県大野市(起点)と長野県下伊那郡南信濃村(終点)を延々250km近い道路で結ぶ、全線走破にますます骨の折れる国道となったのである。

しかし、指定時期の遅い国道の大半がそうであるように、この国道418号も一連の歴史性を持った道路ではなくて、別々の経緯で生まれてきた道々の機械的連結によって出来ている。

したがって、その末端に近い場所を紹介する今回のレポートにおいて、国道418号という「なんかウキウキする」キーワードに大した意味は無い。

酷道という業界の重鎮であるこの路線への敬意を示す意味で、「山行が」初登場の今回にこうした前置きをしたに過ぎず、重要なのはむしろ「遠山郷」である。

遠山というのは天竜川支流遠山川流域の四方を山に囲まれた地域の呼称であり、行政地名としては昭和35年の遠山村解体以来消えているが、今も人心や風俗…そして主に観光の面から使われている歴史地名である。

そして信濃国の南端という、遠山に通じる辺境的地名である「南信濃村」という名もまた時代遅れとなり、現在は飯田市の一角、大字に南信濃を冠する地域が遠山の中核となっているのである。

【所在地(マピオン)】

国道418号の終点側最末端部である天龍村平岡〜飯田市南信濃和田の区間(約9km)が国道となったのは、既に述べた通り平成5年と最近のことである。

それまでこの区間は(国道予備軍である)主要地方道でさえない一般県道「下和田平岡停車場線」と呼称されており、その名は少し古い道路地図帳で確認する事が出来る。

一般県道から一足飛びで国道昇格を果したこの区間は、確かに遠山郷住2000人余りの人々(もちろん昔はもっと多かった)にとっては、文字通りの“生命線”に他な

[11] 県道352号大西瑞浪線と五月橋 後編, , http://pcitorn-nitikaku.sakura.ne.jp/352part2.html

岐阜県瑞浪市北部の県道65号恵那観御嵩線(旧中山道)から分岐する県道352号大西瑞浪線。地図で見ると木曽川を渡って 国道418号 と接する少し手前で途切れ、点線表記になっている。

その実態はいかに。

県道からいさまつの2階部分を見る。

前述のように少しネットで検索しただけで山程出てくるこのいさまつや遊覧船の事であるが、いつまで営業していたかや、現役時代の様子などは全く見えてこないのが実情である。

当然近隣住民もおらず、聞き込み調査もできない。

[13] 国道418号笠置ダム〜丸山ダム区間(第四回), , http://pcitorn-nitikaku.sakura.ne.jp/418v4.html

岐 阜県東部を流れる木曽川にそった国道418号 笠置ダム〜丸山ダム区間 はどの道路地図にも国道を示す赤の実線でしっかりと書かれているにも関わらず、実際にはその大部分が車の走行がまったく不可能な事実上の廃道状態でありネット上ではきわめて有名である。

しかしそのレポートの多くは丸山ダム周辺の一般車も通行可能な区間(とはいえ一車線の断崖が続く道だが)を車でヒヤヒヤしながら通ったもので廃道区間を通り抜けたものは限られており、特に最近のものは少ないようだ。

今回はいわゆる「酷道区間」をレポートする。

さて、フェンスの向こうの完全封鎖区間を攻略した国道418号だが、ここからは「一応」車も通れる道に変わる。

しかし、どうもここまで一般車がフリーで入ってこれるという訳ではないようだ。

フェンスを過ぎるとダブルトラックが復活するが、中央と両側から緑の侵略を受けており、それ程頻繁に車両が通過する訳ではないようだ。

今までの廃道状態からは相当に改善されたが、ここが現役国道とは信じがたい事には変わりない。

未舗装の道を暫く行くと、簡易なゲートがあったが此処もまた一般車がフリーで入れる最終地点ではない。

今日は道の端に寄せてあったが、なにか作業が行われるのであろうか。

(追記)約1年後に再びこの場所を訪れた際もこのゲートはやる気のない感じで端に寄せてあったので、現実に封鎖が機能している訳ではないのかもしれない。

路肩に現れた「起点」。

そう、ここがかの有名な県道352号大西瑞浪線の起点である。

酷道から分岐する険道といった所だが、キロポストの向こうに道が見当たらないのは、単に廃道化したという言う訳ではなく、もともと車道として開通した歴史が無い為のようだ。

県道352号大西瑞浪線は、国道脇の急斜面を獣道レベルの道で下って行き、やがて木曽川の本流を渡るこの五月橋に到達する。

この五月橋を含む瑞浪市方面の全区間は非常に見どころ満載であり、実は踏破済みなのだがレポートはまたの機会に。

2010年12月 レポート公開しました

五月橋への分岐を過ぎても、国道418号は激狭のダートのままで、ガードレール等も無い。

この辺りは天気に関わらずいつもぬかるんでいるようだ。

恵那方面へ走り去る一台の軽自動車。

山仕事風のおじさんが二人乗車しており、この車は酷道マニアという訳では

[14] 特別企画!酷道418号を走破せよ! 1/4, , http://www.geocities.jp/teamkokudo/kokudo/R418gentuki/gentuki418-1.htm

特別企画!酷道418号を走破せよ! 1/4

酷道マニアを魅了してやまない418号の通行止区間。

20年間も通行止の状態が続き、復旧する見通しも無いため、事実上の廃道とみなされている。

それでもなお、現役国道であり続けているのは、非常に稀有な存在だ。

そんな418号で、以前から企てている作戦があった。

それは、動力のついた車両で418号を走破すること。

四輪では絶対に不可能だし、今さら自転車では面白みに欠ける。

となると、残る選択肢はバイクしかない。

といっても私は二輪には乗っていないため、TEAM酷道の二輪部隊に話をもちかけたが、あっさり「無理」と却下された。

やはり、二輪乗りは二輪のことをよく分かっているので、限界もわきまえていた。

そこで、2010年1月に召集されたTEAM新年会(毎年恒例のオフ会)において、「県道352号の五月橋まで行こう」との話でみんなを誘い、そのまま418号を突破するという荒業に打って出た。

これは、その時の真実の物語である。

岐阜県道352号通行止区間のの瑞浪側。ここからスタートした。

参加者は、TEAM酷道の面々をはじめ、遠くは長野からの初参加者も含め、総勢11名であった。

車両で乗り入れなくては意味が無い。チャレンジャーは、やはりこの人・アドレスさんだ。

途中、深沢峡を見たり、廃茶屋でいっぷくしたりしたため、1時間ほどで五月橋に到着。

公言通り、グレーチングの橋の上でコーヒーをドリップし、おいしくいただく。

とらさんの淹れるコーヒーは、いつもこんな状況であるためか、とても美味しい。

昼食を摂りながら小一時間談笑し、酷道418号を目指す。

正味1時間強で酷道418号に合流したらが、本番はまだまだこれから!

相変わらずの酷道っぷりだが、ここはまだフィットでも走れる区間だ。

行程の都合とはいえ、車で走れる道を1時間以上歩いていると、ダレてくる。

さあ、いよいよゲームの幕開けだ。

[18] 賞味期限間近、酷道418号と丸山ダムに行ってきた - Togetter, , https://togetter.com/li/1133898

現在丸山ダムでは嵩上げ工事が行われており、完成するとダム湖は最大17m上昇します。そうなると丸山ダムや酷道418号の一部や付帯設備も水に没します。

数年のうちに完成する予定ですので今のうちに見に行きました。

[19] 国道418号 天龍村の廃道と遠山郷 - 街道迷走独案内, , http://kaidoumeisou.blog.fc2.com/blog-entry-16.html

国道418号。福井県大野市と長野県飯田市を結ぶ全長243.3kmの国道。 国道418号といえば、現役国道にして通行不能という、国土交通省に見放されたような岐阜県八百津の酷道区間があることで有名です。 今回はそこではなく、ほぼ終点に近い長野県飯田市と天龍村境の廃道を訪ねてきました。 場所はこちら 2012年11月に、清水トンネルが開通しました。 そしてその脇には、自動車同士のすれ違いが困難なほどの細い旧道が佇んでいます。 つい最近まで、この道は現役国道として車の往来を見守り続けてきました。 廃道となって半年以上経ちますが、国道標識が設置されたままになっており、廃道のイメージはまだありません。 この辺りは地質的に落石が絶えず、現役時代からいつ通っても小さな石が大量に転がっています。 廃道になったことで初めて歩いて通ったわけですが、 石だけでなく白骨化した動物も落ちていました ((((;゚Д゚))))))) この廃道には廃隧道も含まれています。 1932年竣工の淸水隧道。 素掘りの小さなトンネルで、つい最近までこれも現役だったわけです。 私もいく度となく自動車でここを通過しました。 探せば壁画でも出てきそうな。 さらに、廃橋もあります。 こちらは1958年3月竣工のようです。 国道418号の終点には、秋葉街道和田宿、秘境として知られる遠山郷があり、ここは平成25年の現在でもリアルな昭和の町並みで、のんびりとした空気が流れていました。 しばし小さな子供の頃に戻ったような感覚で、日常を忘れて歩きます。 国道418号はどんどん道路の拡幅やバイパス化が進んでおり、この場所が秘境と呼ばれるのも、あと数年かもしれません。 たまに訪れるだけの余所者が「秘境のままでいてほしい」などと口を挟むことはできません。 狭くすれ違いが困難な道で、ときには土砂災害による町の孤立化なども起きており、地元の人達にとっては生死が関わることもあるわけで、脳天気に「田舎の風情が云々」などとのたまうのはエゴにしかならないと思うのです。 追記 私がブログでこの内容を公開した一か月後に、廃道のプロ平沼義之さんがご自身のサイト「山さ行がねが」で、同じ場所のレポートを公開されています。 とても専門的な内容が盛りだくさん。すごく勉強になります。

[20] 国道418号線旧道-月之島橋, , http://usa-nekosando.pupu.jp/miti_tukisima.b.html

【国道418号線旧道-月之島橋】

国道418号線の長野県側の終点間近に、趣のあるコンクリート橋がありました。

青字…ラピスのコメント ■黒字…作者のコメント

道の駅のスタンプ集めに通った道に

まさかこんないけてる物件があろうとは。

国道の横にチラリと見えたのは、

長野名物?

コンクリートローゼ橋でした。

名物?は、ここ→■周辺図■

現役の国道橋は木の親柱。

おしゃれだけど、

コーティングが剥がれてます。

これも廃物件みたいだ。

しかし今回の目的地はその向こう、

2つのアーチがチラリと見えてますね。

まずはこちら側から旧道を通り

橋まで下りてみます。

[21] 国道418号線旧道-島谷隧道/月之島橋 周辺図, , http://usa-nekosando.pupu.jp/miti_simatani-map.html

【国道418号線旧道-島谷隧道/月之島橋 周辺図】

国道418号線の終点、長野県飯田市の南信濃に行って来ました。

酷道で有名な418号線ですが、どんどん改良されています。そんな国道の脇にかつての酷が…

[22] 長野県・天龍村-清水橋, , http://usa-nekosando.pupu.jp/miti_simizu.b.html

【長野県・天龍村-清水橋】

国道418号線の脇に架かる、主塔無き吊り橋。

青字…ラピスのコメント ■黒字…作者のコメント

国道418号線から152号線にかけて

吊り橋を探しに来ました。

だいたい3ヵ所ほど当たりを付けて

来てみたのだけど、

意外な所で吊り橋発見!

こりゃラッキー(¯▽¯)

と思ったけど… ■周辺図■

画面右側に見えるのが国道418号線。

訪れたのは4月で桜の季節です。

ここにも綺麗な桜が咲いてます。

川をまたぐ細長い橋が清水橋です。

こんな橋があったんだ〜

って言うか、ここ2年前にも通ってるし…

月之島橋を見に行った時ですね。

・・・気が付かなかった?

まあ、おかげで初めて見たような

感動が味わえてお得でしたね。

[23] 酷道418号 1/5, , http://www.geocities.jp/teamkokudo/kokudo/R418/R418-1.htm
[28] 新清水トンネル貫通 « ミナミシンシュウ.jp, , http://minamishinshu.jp/news/society/%E6%96%B0%E6%B8%85%E6%B0%B4%E3%83%88%E3%83%B3%E3%83%8D%E3%83%AB%E8%B2%AB%E9%80%9A.html

天龍村と飯田市南信濃を結ぶ国道418号の「新清水トンネル」の掘削作業が終了し、20日にトンネル内で貫通式が開かれた。トンネルの竣工は来年3月を、供用開始はトンネルと直結する「新清水橋」が完成後の2012年度を予定している。

施工業者の吉川建設(吉川光國社長)が主催。工事発注者の県飯田建設事務所と下伊那南部建設事務所、両市村、協力会社の関係者や地元住民などを含めて約90人が出席した。

新清水トンネルは延長326・0メートル、幅員7・5メートル(うち車道6・5メートル)。施工中の「新清水橋」と結び、遠山川に沿った狭あいな現道に代わる役割を担う。

トンネル部は09年度の国補正道路改良工事として、総工費約6億円で県が発注し、昨年12月14日に着工。ことし3月19日から、掘削作業が進められてきた。今後に舗装工事などを行い、竣工は来年3月7日を予定している。

一連の工事は1997年に着工し、約60億円をかけて総延長約1・8キロを整備する「十方峡バイパス」事業の一環。「藁野トンネル」などを含むバイパスの全線開通は2013年度中を見込んでいる。

貫通式は掘削終点となる同村側のトンネル内で開かれた。貫通発破の合図で幕が除かれると、坑口内に光が差し込み、夏の青空や同村の山々が出現。貫通点を清めてから、出席者全員による通り抜け、樽酒の鏡開きなどで貫通を祝った。

飯田建設事務所の三井宏人所長は「バイパスは国道間や三遠南信道を結び、地域住民の生活を守る重要路線。県としても早期開通に向けて引き続き努力したい」とあいさつ。吉川建設の安野正和常務は工程通りの貫通を伝えた上で「引き続き無事故に努め、立派な品質のトンネルに仕上げたい」と力を込めた。

天龍村の大平巖村長は「地元住民にとって、トンネルの貫通は積年の願い。文化や経済の導きの道になってほしい」と話し、国道418号のさらなる改良促進を期待。飯田市の菅沼良収建設部長は先月の遠山谷の豪雨災害を振り返り「この道は命をつなぐ重要な道路。1日も早い整備促進に向け、国などへ要請活動を展開したい」と話した。

[29] 国道418号 達原トンネル廃道 その1 – HETIMA DIARY, , http://www.hetima.net/blog/archives/8450

国道418号というと、岐阜県八百津町と恵那市の間にある丸山ダム湖沿いの区間が事実上の廃道区間となっており、道路・廃道愛好家では知らない人のいない存在です。

福井県大野市と長野県飯田市南信濃とを結ぶ全長243.3kmの路線には、丸山ダム湖沿いの「酷道」区間以外にも、国道157号との共用区間には有名な「落ちたら死ぬ!」看板が立てられていたり印象的な箇所が多いですが、それ以外の区間でも離合困難で狭隘な箇所が数多く存在しています。

岐阜県恵那市上矢作町から長野県平谷村を結ぶ区間にもそんな隘路が続いていますが、県境の程近く、岐阜県側最後の集落となる「海」集落の手前に、前後の区間とは不釣合いなほど高規格のトンネルが突如として現れます。これが「達原トンネル」です。

前後に狭隘な区間が続くところに突然高規格な橋梁や隧道が設けられている…といえばおおよそ想像がつくものと思いますが、この区間は災害復旧のために新設された区間です。

「道路情報」の電光掲示に、「通行注意 落石 上矢作町海~横道」と表示されることからも分かるとおり、現道区間でも落石などに遭遇する機会が稀ではありません。

2000(平成12)年9月11日から12日にかけて、東海地方はかつてない豪雨に襲われました。

愛知県名古屋市では2日間の合計降水量が567mmにも達し、名古屋市天白区や、西春日井郡西枇杷島町・新川町(いずれも現清須市)などでは広範囲にわたって床上浸水に見舞われました。

後に「東海豪雨」と命名されたこの災害は、被災地のみならず、全国的な交通や物流にも長期間にわたり影響を及ぼしました。

被害が愛知県下に集中していたためにあまり目を向けられることがありませんでしたが、岐阜県では矢作川流域の恵那郡上矢作町(現恵那市上矢作町)周辺において集中的にこの豪雨の影響を受けており、東海豪雨という一般的な名称とは別に、岐阜県ではこの災害を「 恵南豪雨 」と称しています(以下、本稿でも原則として恵南豪雨と表記します)。

テレビや新聞の報道では名古屋市周辺の被害状況に報道内容が集中していましたが、実際の被害としてはこの恵南地区もそれを凌ぐといってもよいほど甚大なものでした。

私はこの日、たまたま仕事で恵那市内のお客様を訪問していたのですが、今まで経験したことのないような降り方の雨にお客様が気を遣って下さり、予定を切り上げて

[33] 2011年04月23日 : 夢乃又夢, , http://blog.livedoor.jp/donburi01/archives/2011-04-23.html

険道352号と酷道418号の分岐点はすぐだった。「大西瑞 浪線」のキロポストが埋まっている。意外にも険道352号は最近整備されたような形跡があり(それでも道幅は登山道レベルしかないが)歩くのに支障はなかった。数分で五月橋にたどり着く。 桜の満開の時期にはもう遅いが、まだ多くの山桜のピンクが山に色づいていて美しい。かつて深沢峡に観光客が訪れていたころは、多くの人々が桜のピンクと赤い五月橋のコントラストに見入ったことだろう。 五月橋は現在バイクはおろか自転車すら入れないようガードされているが、橋の上に立ってみる。グレーチングの下には木曽川の流れが見える。何度見ても足がすくむ(泣)。橋から丸山ダム方面をよく見ると廃茶屋「いさまつ」がわずかに顔をのぞか せていた。2008年にはいさまつに少しお邪魔したが、こうしてまだ建物があることに少し安心する。 対岸には名もなき小さな滝も見える。貸しボート屋があった頃 はここに近づけたのかもしれない。   「瑞浪市史料集三 なつかしの写真集(瑞浪市民図書館刊)」には昭和28年、32年の五月橋の貴重な写真が載っているが、この写真の中で八百津側に小屋が建っているのが確認できる。また昭和32年の写真は、この小屋から川面まで踏み分け道が続いているのもわかる。小屋は貸しボート屋だろうか。現在はどこにこの小屋があったのか、川 面まで続く道がどこだったのかも判別できない。   五月橋を離れ、ここから恵那方面に向かって歩く。酷道418号は所々に頼りなげなデリネーターを擁しつつ、荒れた路面を呈している。本当に今更だが、この道が1983年頃まで国道として機能していたとは信じがたい。しかしながら車で通れないわけではなく、現に比較的最近と思われる車の轍が路面に刻まれていた。 木曽川対岸に広がる砂浜のような美しい砂地に見とれつつ、名もない小さな橋を2つ過ぎると八百津と恵那の境界線にある名場居川にさしか かってくる。険道352号の分岐点から徒歩20分ほどの地点だ。川にかかる立派な橋はなんとなく「名場居川橋」という名だと思い込んでいたが、恵那市の住宅地図によると「川平橋」と名づけられていた。川平橋の手前には、頑健なガードレールが何人の侵入も拒むように設置されていた。ガードレールの手前には軽トラが停められており、真新しい轍はこの軽トラのものであることがわかった。車の持

[34] 布滝−飯田市 - はやと93のほぼ滝ブログ - Yahoo!ブログ, , http://blogs.yahoo.co.jp/yuugengaishahayato/8441481.html

「長野」書庫の記事一覧

壬生沢不動滝−豊丘村

2014/2/3(月) 午後 0:43

多留姫の滝−茅野市

2014/2/1(土) 午後 1:10

音見滝−茅野市

2014/1/30(木) 午後 0:52

蓼科大滝−茅野市

2014/1/29(水) 午後 0:59

おしどり隠しの滝−茅野市

2014/1/28(火) 午後 1:02

王滝−茅野市

2014/1/27(月) 午後 2:47

霧降の滝−茅野市

2014/1/24(金) 午後 0:37

乙女滝−茅野市

2014/1/23(木) 午前 10:07

常滑の滝−茅野市

2014/1/17(金) 午前 11:22

芝ノ沢の滝−平谷村

2013/2/1(金) 午後 4:17

もっと見る

[35] ドライブ日誌, , http://www.doraibu.com/dx-n/2006-10/t/t1112/t1112q/t1112q.html

橋は割と新しい橋で、

「清水橋」って名前がついてた。平成十年に架けられたようだ。

←この橋は歩行者専用の人道橋です〜とある。

[36] 天龍村の歩行者専用吊り橋『清水橋』を渡ってみた!静かで人いなくて良かった! : 長野ウラドオリ, , http://uradoori.com/archives/38187235.html

国道418号を走っていると、天龍村と飯田市の境目あたりで遠山川に架かる吊り橋を発見しました。遠山川というのは天竜川の支流。吊り橋は、村道清水橋線にある『清水橋』というもの。吊り橋というだけでわくわくしてしまうのですが、県のほとんどが山間部である長野県ではこうした歩行者専用の吊り橋って多いんですよね。偶然見つけたので渡ってみることにしました。

[37] 歴史的鋼橋: T11-035 清水橋, , http://library.jsce.or.jp/jscelib/committee/2003/bridge/T11-035.htm

1)土木学会関西支部『橋梁工学の最近の諸問題』182頁 昭和34年11月 2)小西純一「長野県の歴史的橋梁の現況について」土木史研究 第20号349頁土木学会2000年5月

[38] 二股トンネル徹底調査!〜完結編〜 2/2, , http://www.geocities.jp/teamkokudo/kokudo/R418/futamata-2.htm

近くの集落・・・といっても、二股トンネル付近には人が住んでいないため、かなり遠くにはなるのだが、住民を見つけて早速調査を開始した。

畑で作業をしていたお婆さんを皮切りに、「どなたか知ってそうな人を教えてください。」と、色んな家や店を回った。

遠方からお嫁に来た人もいて、意外と戦時中からずっとこの地に住み続けている人は少なく、調査は難航した。

しかし、粘り強く多くの人たちから話を伺っているうちに、徐々に真実を知る人に近づいていった。

そして、ついに「二股トンネルは昔、内部で二つに分岐していた」という証言が得られた。

その証言によると、二股トンネルは、やはり丸山ダムの建設に絡んでいたようで、ダムの資材を運搬するルートになっていた。

その関係で、トンネル内部で二股に分岐させる必要があったようだ。

「今と違って小さいトンネルで、男の人なんかは背を屈めないと歩けなかった」との証言も、現実と矛盾しない。

なぜ分岐していたのか、理由ははっきりとはしなかったが、木曽川の水運と、この418号の陸運のハブとなる施設が、

ここ二股トンネルの直近にあったことと、関係があるようだ。

これで、一つの謎は解決したが、せっかくなので、さらに聞き込みを続けることにした。

さらに幾人かからお話を聞き、最終的には丸山ダムの建設に携わったという人にまで辿り着いた。

そして、ダム建設当時の作業環境や町の様子など、貴重な話を聞くことが出来た。

とても興味深い話ばかりだったが、丸山ダム及び二股トンネルについて、人柱説についても切り出してみた。

その方によると、ダムもトンネルも完成したのは戦後の話で、さすがに人柱なんて話は聞かなかった。

朝鮮人もたくさん働いていたが、終戦間際に強制連行を隠蔽するために虐殺したなんて話も聞いたことがない。

そんな事実があれば、少なからず噂が立つし、戦後も朝鮮人の労働者はたくさん働いていた。

[39] 【酷道ライド】旧国道418号線 - mot3のブログ, , http://mot3.hateblo.jp/entry/2017/02/28/230012

国道418号とは 、 福井県 大野市 を起点とし、 長野県 飯田市 を終点とする 一般国道 である。

現在は立派な代替道路が整備され廃道となっている八百津から恵那へと抜ける”黒瀬街道”は路面が荒れ果てており、その荒廃ぶりから一部 酷道 マニアからは ”キングオブ 酷道 ” と呼ばれ親しまれている。

日本三大 酷道 の一つとも…

国道として限りなく不名誉に近い称号を与えられ、有名心霊スポット”二股隧道”を有し、数多の物好きを楽しませてきたこの 区間 は 近い将来 ダム湖 に沈み、その役目を終えます。

消え行くこの道を自分の脚で見納めようと ロードバイク で走ってきました。

自宅から2時間程で丸山ダムへ到着、ここから潮南の分岐点まで ヒルクライム

恵那方面との分岐を右に曲がり、今度は山を下っていきます。

序盤はこんな感じ。美しいですね

さらに下って行くと廃道然とした路面が現れます。

舗装は剥がれ、砂利と落ち葉が散乱し放題のつづら折れの道、斜度は10%を軽く超えている…

しかもめちゃくちゃ長い

落車しなかったのが奇跡とも思える道に写真を撮る余裕などありませんでした。

何度も引き返そうと思いましたが登れる気がまったくしなかったので 下るしかなかったんです。

一部 区間 では砂利に流されるまま滑り降りてました。

わざわざ潮南まで登ってから下って旧道入りしたのはこの坂を登れる訳がないからです

どう考えても ロードバイク で通行する道ではありません。

憔悴しきった頃に旧国道に辿り着きました。

恵那側は巨大落石によって道を阻まれ、終着点の笠置ダムではフェンスによって通行阻止される為、写真右側の丸山ダム方面へ進みます。

舗装などありません

ぬかるみ、落ち葉に無数の石

小さな洗い越しまで

洗い越しとは、川に橋を架けずに道路と川が平面交差している構造のことである。

こちらは自然にできたものですが…

さて 酷道 走行の不安点として荒れ果てた路面によるパンクがあります

ただでさえ砂利道の中で、なかなか鋭利な石が上を向いているので路面を良く読んで慎重に進んでいきます

どう考えても ロードバイク で走る道ではありません

ボントレガーのタイヤ、R2は耐えられるのか

タイヤへの負担を減らす為、常に腰を浮かせて膝を軽く曲げ、人間サスペンションを駆使して進みます

自然に還りつつある景色と共に愛車を撮影し

[40] 道路レポート 国道256号 飯田市上村の地形図に描かれていない区間, , http://yamaiga.com/road/r256_kami/main5.html

この机上調査で解明したい、国道256号の “地形図に描かれていない区間” に関する最大の「謎」は、

並行する県道があるのに、廃道状態の国道が放置されているのはなぜか?

道路界広しといえども、なかなか見られない不自然な現状に対して、納得出来る理由を見出そうというのが、この机上調査の最終目的である。

道路に関する謎を解き明かすセオリーは、来歴を調べることだ。

道の現状を見ただけでは分からないことは多い。現に私も現地探索だけでは上記の謎の答えを導き出せなかった。

まずは、今回探索した道がどのような経緯で誕生したのかという来歴を探ることから始めよう。

なお、今回私が探索したのは、伊那山脈を越えて伊那谷と遠山谷という2つの生活圏を結ぶ歴史的な峠道である 小川路峠 の一部だ。

本稿では小川路峠や秋葉街道についての一般的解説はほぼ省略したが、 小川路峠は近世に秋葉街道として大いに発展し、近代以降も引き続き地方交通の主流となるべく改良を目論まれたものの、車道化が難しい険阻な地形に邪魔されて思うようにならなかった“苦闘の峠道”である ――というくらいの大まかな認識で大丈夫なように書いたつもりだ。

第1章: 旧版地形図には描かれていた “地形図に描かれていない国道”

�@ 地理院地図(現在)

�A 昭和26(1951)年

�B 明治44(1911)年

まずはいつものように、旧版地形図のチェックから。

ここに掲載した地理院地図、昭和26(1951)年版、明治44(1911)年版からなる3世代の地形図を見比べてみると、 “地形図に描かれていない国道”の正体は、明治以前から存在していた古道だったことがはっきり分かる。

明治と昭和のどちらの地形図でも、道は「府縣道」であることを示す太い二重線で描かれており、かつ「荷車が通れない=車道ではない」ことを示す片破線になっている。また、途中の2kmごとに水準点の記号が描かれており、険しい山道でありながら幹線道路として重視されていたことが伺える。

もっともこれについては、現地探索中に石垣や道形を前にさんざん「古道」とか「近代車道」と言っているので、予想通りである。

どう見てもあれは近年の国道指定時に急ごしらえで作られた道ではなく、古くからあった道だった。この国道に限らず、当サイトがこれまで紹介してきた多くの不通国道や不通県道が古道を路線に指定

[41] 信州の架け橋 (長野県の橋)  -  清水橋, , http://93mini.blog135.fc2.com/blog-entry-87.html

Author:ふみゅう

突然、橋が好きになりました。現行の橋に限らず、橋跡を探し、道の変わり行きを調べるのも面白いです。 主に下路式の橋を紹介しています。 鉄筋コンクリートローゼ橋は、全て見ました。後は、古い鉄筋コンクリートの主塔の吊橋を探しています。吊橋は、主塔だけでも残っていれば、橋の歴史を感じさせられる良い存在です。 基本、歩いて橋を渡っていますが、橋が上下に揺れるのが苦手で、場合によって吊橋は渡れない事があります…。 面白い橋、吊橋(跡含む)があれば教えて下さい。どの橋ページでも構いませんのでコメントに記載して頂けたら幸いです。 愛車は、15年の付き合い! ☆☆ 気に入った橋、 このページに来るきっかけとなった橋に拍手を頂けると励みになります。 ☆☆

[42] 南信濃と天龍村を結ぶ新清水トンネルの工事安全祈願祭開く « ミナミシンシュウ.jp, , http://minamishinshu.jp/news/local/%E5%8D%97%E4%BF%A1%E6%BF%83%E3%81%A8%E5%A4%A9%E9%BE%8D%E6%9D%91%E3%82%92%E7%B5%90%E3%81%B6%E6%96%B0%E6%B8%85%E6%B0%B4%E3%83%88%E3%83%B3%E3%83%8D%E3%83%AB%E3%81%AE%E5%B7%A5%E4%BA%8B%E5%AE%89%E5%85%A8.html

飯田市南信濃と天龍村を結ぶ国道418号線の新清水トンネルの工事安全祈願祭が19日、現地であった。関係者ら約70人が出席し、無事故・無災害を誓って着工。トンネルと現道を結ぶ橋梁の整備を順次進め、2013年の供用開始を目指す。

新清水トンネルは、延長326・0メートル、全幅員7・5メートル。計画中の新清水橋と直結させ、遠山川に沿ってカーブを重ねる狭あいな現道に変わり、両市村間を結ぶ。

トンネル部は、09年度国補正道路改良工事として、総工費約6億円で県が発注。来年3月の完成を目指し、土圧を利用するNATM工法で掘削する。

式典では神事を執り行い、無事故を祈願した。

飯田建事所の城之内高志所長は「南部地域と三遠南信自動車道を結ぶ大切な道路。地域の方々が安心して通行できるトンネルにしたい」とあいさつ。地元代表の大平巖・天龍村長は「地元にとっては命の道で、改良促進は悲願。三遠南信自動車道に直結することで、今後の発展に寄与してくれるものと信じている」と期待を寄せていた。

[43] 二股トンネル徹底調査! 2/2, , http://www.geocities.jp/teamkokudo/kokudo/R418/hutamata2.htm

ぬかるんだ場所では、来た時のタイヤの跡がはっきりと残っていました。

ダート・狭路・ぬかるみ・急斜面。久しぶりに骨のある道でした。

結局、二股トンネルの出口は見つからず、この林道は空振りに終わりました。

ある意味予想通りだったので、確認が出来たとも言えます。

残る可能性としては、等高地点である、旧道に抜けるルートです。

どのような理由で必要だったかは推測の域を出ませんが、考えられなくもありません。

そして、頭をよぎったのは、旧道の恵那側にあった素掘りのトンネル( 「酷道418号その3」 参照)です。

よく考えてみると、あの素掘りのトンネルが埋められていた地点と旧道の崩壊地点が同じぐらいの位置関係

にあります。

地図に赤で書き加えたのが素掘りのトンネル、茶色が崩壊現場です。

斜面がかなり上の方から崩壊しており、素掘りのトンネルが続いていたと仮定するなら、旧道もろとも崩れ落ちたと考えられます。

そして素掘りのトンネルが、崩壊現場か、その先で二股トンネルとつながっていたとすれば・・・

前提として、「二股トンネルが内部で分岐していた」とするならば、こう考えるのが最も合理的ではないでしょうか。

年代としては、二股トンネルが現在の拡幅・コンクリ打ち付けで完成した昭和31年よりも、以前のことだと推測されます。

昭和31年に現在の姿になる際、旧道への小さな分岐路は閉じられ、コンクリートで固められて一本道のトンネルになったのではないでしょうか。

ただ、全ては憶測の域を出ません。

崩壊現場で発見した、石垣の辺りまで行くことが出来れば、何らかの手がかりが掴めるかもしれません。

次回調査では、ザイル等の装備を整え、「素掘りトンネルの埋められた向こう側」の発見を第一目標に掲げ、全容解明に努めたいと思います。

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清水トンネル

清水トンネル

清水橋

清水橋

十方峡バイパス

十方峡バイパス

布滝

布滝

履歴

[49] この記事はSuikaWiki Worldに作成されました。 に最終更新されました。 https://world.suikawiki.org/spots/23438054528545969

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