【位置図(マピオン)】
山梨県道10号の富士川身延線を紹介するのは、今回のレポートが最初だと思う。
身延町と同じ山梨県南巨摩郡内に富士川町というのがあるが、なんとも紛らわしい事にこの県道が身延町と結んでいるのは、お隣の静岡県に平成20年まで存在した富士川町(現:富士市)の方である。したがって静岡県道としても同番号・同名の路線が存在している。そして主要地方道に指定されている。
両県分を合せた本県道の全長は35km以上あるが、その経路は「富士川沿い」というひと言で片付けられるくらい単純で、特に山梨県内では富士川の左岸が定位置のようになっている(一部右岸を通っている)。
富士川沿いの幹線道路というと国道52号が有名だが、山梨県内での両者の関係は、さながら富士川という鏡面の表裏である。
そして県道10号で最初に採り上げたいと思ったのが、この旧道である。
現行地形図では破線で描かれている(右図で赤く着色した部分)約800mの道は、図中にある「城山トンネル」の旧道ではないかと予想した。
それほど長い区間でもなければ、大きな橋やトンネルが期待されるような場所でもないが、JR身延線と絡み合うように描かれている事や、発電所の敷地を通行しているように見えるなど、何となく気になる要素があった。
いわば、ただの道ではない予感があった。
県道10号の認定は(少なくとも山梨県内において)昭和33年と古いのだが、お馴染み「道路トンネル大鑑」巻末の隧道リストに城山トンネルの名前は無い。
現地や古地形図などで確認したところ、城山トンネルの開通は昭和51年と意外に最近の事だったようなのだ。
そして今回は、探索前にこれらの古地形図を見た。
この昭和27年と明治29年の2枚の地形図に共通しているのは、「車道」と見なされる道路の線が、前掲した現行地形図の「徒歩道(破線)」と同じ位置に描かれていることだ。
これにより、確かに「旧道」であった事が分かる。
対して2枚の地形図の違いといえば、昭和の版には鉄道と発電所という二つの巨大施設が、道路と絡まり合うように狭隘な土地を割拠している事である。
これらの施設について調べると、鉄道が開通したのは大正7年であり、当初は私鉄の富士身延鉄道として開業、昭和16年に国鉄身延線となった。
発電所のほうは、昭和16年に日本軽金属(株)が富士川第一発電所とし