飛び地という言葉はご存知でしょうか?
明治以降(?)市町村が合併を繰り返す度に境界線の
策定が繰り広げられてきたようですが、もともと住んでいた
土地の上に突然見えない境界線が引かれ、「あなたは〜市住民」、「あなたは〜町住民」と、行政の都合で分けられたようです。
そこで、元々住んでいた住民の強い反対があったからでしょうか。
昔の地名、市町村の地名のまま住みたいという強い希望があり、
本来ある
『市町村として境界線が一本で結ばれるエリア』
以外にもその地名が発生する事が稀に起こり、これが飛び地として
未だに残っております。
この飛び地ですが、東京都練馬区に飛び地があり、
これが埼玉県新座市に存在するのはご存知でしょうか?
埼玉県新座市片山3丁目の中にある練馬区の飛び地は
”練馬区西大泉町”
として、丁目も無く、単独で存在します。
私が聞いた話ですと、この飛び地のエリアですが、とある開発分譲
業者がかなり昔に”埼玉県新座市”にあるにもかかわらず、
業者の勝手な勘違いで”東京都練馬区”と申請したらしいのです。
そのまま練馬区、新座市の眼を素通りし、練馬区として認可されてしまった為に、
未だに飛び地として埼玉県の中にポツンと
練馬区が存在してしまう事になったそうです。
ここで我々不動産屋として面白い側面を見る事になるのですが。
なんども飛び地の解消をしようとしても、住民の強い反対に遭って
そのまま飛び地として存在しているようです。
この事の何が面白いのか・・・
なぜ、新座市に組み込まれる事を頑なに拒否するのか?
なぜ、この見えないラインに固執するのか?
それは自分の土地が
練馬区西大泉なのか、埼玉県新座市なのか、、、
という事に重きを置いているという点でしょうね。
当然、23区と市町村部であれば、隣接地であっても
多少は評価が異なりますので、売買取引価格は変わってきます。
サンプルとして、西武池袋線の大泉学園、保谷の駅を取ってみると
分かりやすいのですが、練馬区西大泉、西東京市北町、新座市野寺、
新座市片山で比較してみると面白いです。
道路付け、土地の面積、周辺環境、土地の形、日当たり加減など、
大体が同じ条件の下で比較したとしますと、
東京都 練馬区 西大泉 > 東京都 西東京市 北町 > 埼玉県新